幕間10
さて、どこを探そうかと悩んでいると、フルーツに声を掛けられた。
「どこかあの人の居場所に心当たりは?」
「ないな」
あいつのことなんて、何も知らないし。
「……例えば、どこかでよく出会っていた場所があるとか、お気に入りだと語っていた場所があるとか?」
「うーん、よく遭遇した場所はあるけどそれが何だ?」
「いえ、そこにいるのではないかと。よく遭遇していたのでしょう? それならその場所に何らかの思い入れでもあるのでは?」
「へえ、そういうものなのか」
ぼくにそういう気持ちが一切ないので、よくわからなかった。
例えばぼくは毎日ルシルの家で生活しているが、辛かったり悲しかった時に、そこにいるなんて思わないからだ。
もうそこそこの時間、ルシルの家に住んでいるが思い入れなど一切ない。
「まあいい、手がかりはないんだ。そこに行ってみよう」
ぼくらはいつも宗次が修行をしていた場所に向かう、幸いなことに遠くはない。
★
やはりというか、その場所には宗次がいなかった。
「やっぱりいないな」
ぼくは自分の感性の正しさを誇るが、フルーツの感想は違うらしい。
「……いえ、ただお兄ちゃんに知られている場所だったので避けたのだと思いますが」
そういう考え方もあるか。
「他を探しましょう、それよりもお兄ちゃんに質問があります。あの人を助ける気はあるのですか?」
「ないよ」
それは変わらない、何があっても。
「では、何故探しているのです? お姉ちゃんの顔を立てているだけですか? それとも何か理由でも?」
理由か、それは有ると言える。
「ぼくはね、お前も知っているとおり人間の感情がよくわからない。というよりも、他人の気持ちがわからないんだ」
自分の気持ちだけは、よくわかるのに他人と重ならないのだ。
「だから小さいころから人間と言うものを観察してきた、直接質問をしたりもした」
そのせいで頭がおかしいと言われたこともたくさんある。
「それでも一つ知ったことがある。人間の価値は命ではなく、誇りや尊厳と言うものにあるらしい」
「誇り、ですか?」
「ああ、ぼくはそれを学んだから宗次の意志を曲げようとは思わない。例え必ず死んでしまう選択肢を選んでいるとしても、あいつが自分で決めたことならばそれを止めることは尊厳を傷つけてしまう」
人間の感情の中にある不合理なものの一つ、例えばぼくならば命のためならば、誇りでもプライドでも簡単に捨てるが、普通の人間はそうではないらしい。
人を助けて恨まれる、とはつまりそういうことで……。
「ぼくは宗次の死を曲げようとは思わない。その先には死しか待っていないとしても」
だが、別にあいつが生き残る可能性がゼロと言うわけでもない。
ぼくにはわからなかったし、知らなかったが魔法を覚える時、覚える可能性が百%の時と、ゼロ%の時だけは本人に理解できるらしい。
絶対に魔法を覚えることが出来ないのなら、流石に諦めるだろうし、一%でも希望があるのなら奇跡が起きるかもしれない。
「あいつの意志を尊重する気なら、ぼくに出来ることは見届けることだけだ」
最後になってしまうのなら、それを見届けなければならない。
それがせめてものぼくの行動。
別にぼくは宗次に死んでほしいわけではない。興味はないし、関わる気はないが、上手くいくのなら上手くいけばいいと思う。
ただその根幹には、自己責任という概念が付きまとうだけなのだ。
その時だった……。
「あれは!」
数多ある校舎の一つ、その屋上から水色の光が立ち昇っている。
なんだ?
「……魔力光ですね、どうやら奇跡が起きたのかもしれません」
奇跡が起きた、それはどうだろう。その言葉を信じてもいいのだろうか?
★
光が立ち昇っていた校舎の屋上に登ると、そこには宗次と、先に来ていたルシルがいた。
狂ったように歓喜の笑い声をあげる宗次と、喜びと憐れみを併せもった瞳を向けるルシル。
「先生、おれはやったよ! 先生の魔法を覚えたんだ!」
それが本当なら素晴らしいことだろう。どうやら奇跡と言うものの価値は大したことがないらしい。
「……おめでとうございます。あなたの先生として誇らしいです。勝手に私の魔法書を持ち出したお説教をしたいところですが、まあいいでしょう。それより……」
言葉とは裏腹に、ルシルは悲しそうだ。
「いいですか、絶対に氷竜の魔法を使ってはいけませんよ」
「……は?」
宗次が驚くのも無理はない、命をかけて一つの魔法を覚えたのに、それを使うなと言われたのだ。
意味が分からないにも程があるだろう。
「はっきり言います。氷竜は覚えるのが難しい魔法ではありません。この学院の生徒ならば覚えることが出来て当たり前な魔法なんです」
「う、嘘だ! 先生の魔法だろう、凄い魔法が出来たって言ってたじゃないか!」
確かに、凄い魔法が覚えることが出来て当たり前なんておかしな話だ。
どんなことでも難易度と素晴らしさは比例する。
「氷竜の難易度は、魔法の発動にあります」
ルシルは淡々と呟く。
「その魔法は発動すると術者の魔力を食い散らし、氷竜に変えてしまうのです。ですが、才能がないと氷竜になった時点で命を失います。ただの氷像になってしまうんですよ」
才能がないと、氷像になる。命を、失う。
「……なんだそれは、ただの欠陥魔法じゃないか!」
宗次の怒りももっともだ。
「いえ、まともに使えるのならば実在の竜よりも遥かに強いです。全てを凍らせるブレスに全てを委縮させる威圧感など、圧倒的な実力を誇ります。ですが、その代償に術者の魔力を恐ろしい速度で奪っていくんですよ」
魔法を覚える才能と、魔法を使う才能は別物だと誰かに聞いた気がする。
魔法を覚えるには魔力が多ければいい、だが魔法を使うにはそれ以外にも様々な才能が必要なのだ。
この魔法は、使う才能を持つものを選ぶ魔法らしい。ぼくに全くない才能だ。
「そんなの、そんなの知ったことか!」
宗次は叫んだ。
「やっと魔法を覚えることが出来て、これで全て行くんだ。おれなら出来るんだよ!」
その言葉と共に、宗次の体が少しずつ凍っていく。
「やめなさい! その魔法を使ってはいけません!」
「もう遅い、おれは証明するんだ!」
宗次の体がだんだんと凍っていく、そして少しずつ形も変わっていく。
その形は、確かに人型の竜に見えてきた。
そして、完成が近づくにつれて宗次の顔が絶望に染まっていく。
「な、んだこれ? おれの魔力が?」
ルシルの言葉通り、魔力があっという間に減っていくようだ。
「お姉ちゃん、途中で止めることは出来ますか?」
「……無理です。あなたも知っている通り、魔法の発動を途中で止めたらリバウンドがあります。彼の魔法抵抗力では……」
即死だと言うことだ。
「それに、私たちの魔力を分け与えることも出来ません。藤崎くんの容量はあまりにも小さすぎる」
残酷な言葉、それはどこまでいっても才能がないという一言で片付いてしまうものだった。
氷竜の魔法は宗次の魔力を全て食い尽くし、生命力に手を出しているようだ。
どんどんと顔から生気がなくなり、栄養がなくなってしまったかのようにその姿は死を身近に置く年寄りのようだ。
「死にたくない、死にたくないよう」
憐れみを誘う言葉、それでもルシルたちには出来ることなどなく、残ったのは美しい氷竜の像だけ。
こうして一人の人間の命は終わりを迎えた。
初めからずっと言葉にしていたように、結局ぼくは宗次に何かをすることはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます