幕間9

 


 今日は朝から騒がしかった。


 宗次がルシルの仮弟子になってから、一か月の記念日らしいからだ。


 ルシルはスヤスヤと眠っているぼくとフルーツを叩き起こし、街に買い物に出かけた。


 なんでも、簡単なパーティーを開くようで買い出しをしたいそうだ。


「今日は豪勢に行きますよ! 楽しみにしておくように」


 大きめのショッピングモールに来ると、フルーツと仲良く買い物に励んでいる。


 ちなみに、ぼくは強制的に連れてこられたが別に荷物持ちをしているわけではない。


 もし頼まれても断固拒否するが、そもそもぼくの方が圧倒的に腕力がないので頼まれることすらもない。


 こういうとき、ぼくに魔力がなくてよかったと思う。楽でいいからだ。


「シホの時は大変だったからな……」


 しみじみと感じていると、ルシルに話しかけられた。


「藤崎くんは、どんな料理が好きですかねえ?」


「知らん」


「それなら、ムゲンくんは何を食べたいですか?」


 やる気満々なルシルの顔、何でも作りますよと言わんばかりだ。


「なんでもいい、あえて言えばすぐに食べれるものがいい」


 手の込んだものを作ることによって、完成が遅れる事の方がよっぽど困る。


 お腹が空いているのに待たされるのが、一番いやなのだ。


「なんと張り合いのない。……いつものことですね。それではフルーツは?」


「肉ですね、野菜はいりません」


「あなたはあなたで、まったくもう!」


 ちなみにフルーツには好き嫌いはないと聞いている。……あれは嫌がらせだな。


 この人形はどこまでも、感情と言うものが発達していくようだ。


 二人は、楽しそうに会話をしながら買い物をしている。


「……」


 ……ように、見える。でも、ぼくからすると茶番にしか見えない。


 何故なら、この一か月で宗次はまるで変っていないからだ。


 むしろ駄目になっていると言ってもいい。


 それは実力から見ても、精神から見ても。限界はほど近いと言える。


 二人の様子を見ると、まるで最初で最後の宗次との記念日だから、一生懸命に元気を出しているように見えるのだ。


 この予感はきっと、外れてはいないのだろう。


「これは便利だなあ」


 魔法社会の買い物では、購入したものを籠ごと家まで送ってもらえるらしい。


『転送の紙片』というものに住所を書いて、籠に張り付けるとそれだけで家に送られるのだ。


 山ほどの食材が入った籠が二つ、一瞬で消え去ったことに驚いた。ちなみに籠の代金も払うようだ。


 一番驚いたのはこの転送の紙片は、エキトの奴が発明したものらしいことだ。


 特許もとっているらしいのだが、その全ての金はとっくの昔に食いつぶしたと後に聞いた。



 ★



 楽しい楽しいお買い物を終えて、ルシルの家に帰ると、ぼくたちは驚いた。


 まず、入り口の戸が開いている。ルシルが魔法的なカギを掛けていたのにも拘わらずだ。


「まさか!」


 その光景を見たルシルが、家の中に入っていく。


 ぼくとフルーツは、あっさりと何かに気づいてしまい、目を合わせてお互いの瞳に一つの諦めを見出した。


「これで、終わりか?」


「……ですね」


 ぼくたちは疲れた顔をして、ルシルの家の中に入った。



 ★



 家の中に入ると、茫然としているルシルの姿を見つける。


 ルシルは、仕事場にもしている書斎にいた。


「……どうだった?」


「先日書き上げた、『氷竜』の魔法書がなくなっています」


 魔法書、つまりはルシルの魔法が犯人の狙いだということ。


「他に被害はあったか?」


「ありません、家中が荒らされてはいますが、それは全てフェイクです。勿論他にも私の魔法書はありますが、それが私の魔法だと言う根拠がなかったのでしょう」


 誰の魔法かわからないから手を出されなかった、つまり氷檻はルシルの魔法だという確信があったと言うことだ。


「しくじりました! あの子に氷竜のことを語るべきではありませんでした!」


「それで? どうする」


「追うに決まっているでしょう!」


「どこにいる?」


 端的に質問をする、魔力を追えばわかるだろうと思ったのだ。


「……隠蔽されています」


 ルシルは唇を噛みしめながら、そう言った。


「家の鍵といい、魔力の隠蔽といい、ちゃんと計画されていますね」


 フルーツは冷静に評する。わからないこともない、あいつは焦っていた。


「あの子の力でここまでのことは決してできないでしょう、貴族派が絡んでいますね」


 そうだろうな、どうせ何らかの取引でもしたんだろう。


 どんないざこざがあったとしても、世界最高の魔法使いの関連ごとには、大きな魅力があるに決まっている。


「二手に分かれましょう、ムゲンくんはフルーツと行動してください。いいですか、本来この学院で闇雲に人探しをするなんて自殺行為です。絶対に離れてはいけませんよ!」


「ああ」


 ルシルは飛び出していった、ぼくたちも続こうとする。


「今回、お兄ちゃんは協力的なんですか?」


 フルーツの純粋な質問。


「ああ、残念ながら、な」


 ただ、その目的はルシルとは違うと思うが……。

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