幕間8
ぼくの優雅な日々は続く、相も変わらず誰もが忙しいのでぼくは自由だった。
今日は気まぐれに学院に行って、主席くんをからかい倒して一日が終わった。
「おや?」
今日もまた、修行中の宗次。
ではなく、なにやら意気消沈している宗次を見つけた。
なぜこんなにも遭遇してしまうのか、それは宗次がぼくの学院からの帰り道で、必ず訓練をしているからである。
エキトの言葉が気になったわけではないが、珍しくもぼくから宗次に近寄ってみる。
「よう、元気?」
近くで見た宗次の顔は明らかに生気がなく、顔色も悪かった。
見るからに落ち込んでいるようだ。
「どうにかしなきゃ、どうにかしなきゃ、どうにかしなきゃ」
宗次は、ぼくを振り向きもせずに、下を向いてブツブツと呟いている。
うーん、これは何かあったな。
エキトの言葉が現実味を帯びてくる。
「はっ! ……無限か?」
ようやく気付いたように、宗次はぼくに言葉を向ける。
「ああ、……今日も修行か?」
はっきり言おう、宗次に目には狂的な色を帯びている。
毎日毎日、少しずつ宗次を取り巻く環境が悪化しているのは分かっていたが、どうやらその方向はぼくが思っているものとは誤差があると思った。
今までは宗次を追い詰めているものが実力不足からくる焦り、理想と現実のギャップだと考えていたが、今は違う。
これは、もっと切実で人間的な葛藤だ。
「いや、今日はそんな気分じゃない。ここには考え事をしに来たんだ」
そうだろうよ。
人間の気持ちがわからなくて、理解のために観察をしてきたぼくだからすぐにわかった。
ルシルの弟子になってまだ一月もたっていない? 魔法使いの修行は何十年単位だからもっと耐えろ?
冗談じゃない、この男には才能がない。
つまり、普通過ぎて魔法使いの価値観なんて当てはまらないのだ。その中身は普通の人間となにも変わらない。
普通の人間にとって、一月は十分な長さだ。
それが楽しいことならば、あるいは瞬きのような時間だろう。
でも、宗次にとっては何十年にも匹敵するほどの日々だったのかもしれない。
「話を、しないか?」
気が付いた時には、ぼくの口から予想外の言葉が出ていた。
今までのぼくは、無意識に魔法使いと言うものを凄いものだと思っていたと思う。
凄い魔法を使って、人なんて殺してもなんとも思わないような超越者。
学院長を筆頭に、実際にぼくが会って来た魔法使いはそういう奴らばかりだった。
「なんでもいいんだ」
でも、外面は冷たくても心は繊細で温かいルシルや……。
まだ魔法使い未満の宗次のように、一般人と変わらない心の持ち主もいる。
才能や血筋で人間の評価など出来ない、誰だってそうなのだろう。
「ぼくは、お前に何も言わない。……言えない。でも、何か話をしよう」
追い詰められてしまった哀れな一般人に対する、これがぼくの精一杯。
なにも言えないぼくの、唯一の憐れみ。
「……ああ、ああ聞いてほしい。たくさん聞いてほしいんだ」
涙が零れない様に宗次は上を向きながら、ぼくにこれまでの苦悩をたくさん語った。
その内容はヴィーから聞いた情報を超える事はなかったが、当事者だからこそ感じている苦しみが伝わった。
短絡的な行動、感情的な衝動。
その結果が、これまで味方だと思っていた全ての人間からの攻撃。
その罪は自分にこそあると分かっているがゆえに、誰かにぶつけることの出来ない感情。
「こうなるとは思わなかった。確かにおれは勝手だったけど、みんなわかってくれると思っていた」
子供じみた言葉と、取り返しのつかない後悔は自分が一番感じている。
第三者からみれば当たり前のことでも、当人にしてみれば夢の崩壊に等しいほどの衝撃。
全ては自分ではなく、家が作り上げた関係で、それは友愛ではなく実利によって出来た繋がり。
故に、裏切りには制裁を持って……。
決定的なことは、昨日、既に行われ、その全てが終わっていた。
★
これは、その次の日の話。
ぼくはヴィーの弟子たちと世間話をした。
なんでも数日前に、学生寮に襲撃があったらしい。
基本的に学院の中は危険地帯だ。
どこで何をしようが、一切の文句など言えない。
それでも例外はある、寮や病院はその筆頭ともいえる場所で、決して争いは許されない場所だ。
そんな場所に襲撃が起きたことは、学院の全ての人間に対する衝撃だった。
もちろん五人ほどいた実行者は捕縛され、事情聴取……。
なんてまどろっこしい真似をする必要もなく、ある男にその場で処刑された。
被害にあった人間は二人、一人は軽傷。
そして一人は、全治半年ほどの重症だった。
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