幕間7
ヴィーと別れた後、ぼくは速足である店に向かった。言うまでもない、エキトの店だ。
別に怒っているというわけではないが、一人だけとっとと逃げたので、その代わりに何かを奢ってもらおうと思う。
「言いたいことはあるか?」
ぼくは店の中でのんびりと、陶器のようなものを磨いているエキトに尋ねてみた。
「商人と言うのは、利に聡くなければ務まらないものだよ。そしておれは生粋の商人だぜ」
なにかカッコつけたような言い方をしているが、ようするにヴィーが怖かったと言いたいのか。
「お前から見て、あの不審者はどうだった?」
あえて名前を出さずに尋ねてみる。
「そうだな、初めて見た顔だが背筋に悪寒が走ったよ」
エキトは軽く冷や汗をかきながら分析する。
「なんというか、眼と眼を合わせたら殺されそうな気がした」
本当に鋭い男だ、まああんな布を巻いている時点で何かあるとはわかるだろうが。
だが、隠していたとしても警戒に値したと言うことだろう。
「そうだな、強いて言えばおまえに似ていた。どこがどうとは言えないが……」
「……」
確かにこいつは一流なのだろう、抑えるところは抑えていると言う感想だ。
「それで? あんなのと、どんな話をしていたのかな?」
恐怖で逃げたくせに興味はあるらしい。まあいい、こいつの意見を聞くのは楽しそうだ。
「あれは学院の教師の一人で、……あ~、長ったらしい本名は忘れた。とにかくぼくはヴィーと呼んでいる」
「別に構わない、素性にも本名にも興味はないからな。大事なのは中身だ」
本当に、時々だがこいつとは気があう。
「実はな……」
ぼくは、最近の出来事を含めてヴィーとの会話の内容を話してみた。
★
「へえ、それは興味深い。おれはまだ数回しか顔を合わせてないが、ルーシーには真っ当な弟子なんて出来るわけがないと思っていた」
いつの間に会っていたのかは知らないが、その考えにはまったくもって同意見だ。
色々な意味で、ルシルには弟子なんて作れないと思う。
優しいのに冷たくあらねばならない環境。
そして一般人から覚醒して最高の魔法使いになったがゆえに、弱い奴らの苦労と言うものを知らない。
そんな奴が何を教えることが出来ると言うのだろうか。
「楽しい状況じゃないか。このままだと、その弟弟子は十中八九死ぬだろうね」
エキトは笑いながらそう言った。
「なんだ、冷たい奴だな。今までの奴らはどいつもこいつも宗次の奴に同情していたけど」
ぼくが言うのもなんだが、それが真っ当な人間の反応だと思う。
「おれの知ったことじゃないなあ。無限の価値観でもそいつはどうでもいいんだろう、おれの価値観でもそいつはどうでもいいんだ」
価値観の話か、それならばなんとも言い難い。
「おれは、おれの身内以外の奴はどうでもいい。言ってしまえば世界中の全ての人間が死んでも、おれたちが残るのならそれで幸せだよ」
おれたち、の中には関係のない他者は含まれないと言う意味だ。
「もちろん、その中にはお前も含まれている」
「やめろ」
勝手なことを。
「そういうわけにはいかない。おれはお前に心から感謝しているし、他にも理由はある。まあおれの個人的な考えには踏み込んでこないで欲しい。そういうのは、嫌いなんだろう?」
確かにそうだが、その中にぼくが含まれると言うのなら放置も出来ない。
「楽しい話を有り難う、おれから言えることはほっとけってことだ。別にルーシーや、弟弟子が死んだってなにも思わないんだろうから」
「そうとは限らないが……」
まあ。こいつのように、罪のない事故などで死ぬのでなければ思うところはない。
特に、今回の件はどう考えても自己責任だろう。
ぼく以外のみんなが止めて、忠告しても宗次が止まらないのだから。
「ああ、それともう一つ。お前の弟弟子はきっと長くないよ? きっと、お前が思うよりもずっとずっと短いかな。別に根拠はないけどね」
何故かはわからないが、その言葉には不思議な説得力があった。ああ、そうだろうなと素直に思ってしまったぐらいだ。
「どのぐらい?」
「さあ? ただの勘だよ。詳しいことなんて期待しないでくれ。それに、きっともう間に合わない」
「間に合わない?」
「ああ、時々見るのさ。もう手遅れな奴。運命と言う名の列車に乗ってしまったせいで、どんなことがあろうとその先の道が変わらない人間。そいつはもう、分岐点ってやつを超えてしまったんだ」
分岐点、それはつまりどこの地点を指すのだろう。
ルシルに弟子入りしたところか? エキトを助けた火事なのか?
それとも、ぼくと一緒に学院に来た時点で分岐点を超えていたのか?
「信じろとは言わないけど、もう遅いんだ。悩むだけ損だね」
「悩まないさ」
どうでもいいんだ。
宗次だろうが、ルシルだろうが、ぼくだろうが。
生きていても、死んでいてもそんなに大きくは変わらない。
結局は自分というものが続くだけ。
それがいつか終わるとしても、それは嘆くものでなく、ただ受け入れるだけのものだから。
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