幕間5
あまりにも珍しい光景に、珍しくもぼくの体が固まってしまう。
『お前はさあ、フルーツだよな?』
見たこともないような白い空間に、ぼくとフルーツの二人だけが存在した。
理由など分からない、そして自分がなにをいっているのかもわからない。
『はい、もちろんですよマスター』
その、とても穏やかな表情の人形に、ぼくは何かを口にしてしまう。
『フルーツってさ、食べ物だよな?』
『はい?』
勝手に動くぼくの体は、戸惑っているフルーツに近づきその右肩にかぶりついた。
『うん、リンゴみたいな味がする』
『あの、マスター? フルーツはマスターがくれた名前なのですが?』
『でも、美味しいよ?』
今度は首にかぶりつく、今度はブドウの味がした。
自分の形が変わってしまっても、痛みすら感じていない様子のフルーツに笑ってしまう。
こんなに不自然なシルエットになっているのに。
『いくらでも食べてください、まだまだありますので』
そう言ってフルーツが、自分の肩と首を撫でると噛まれた痕が元通りになった。
『あれ? おまえって再生機能があったっけ?』
『ないですよ、簡単に治ったのはこれが夢だからです』
★
「……なるほど。夢だと気づくと目が覚めるってのは本当なんだなあ」
しかし、夢の住人のくせに自らが幻想だと伝えるとは侮りがたい奴だ。
「のどが渇いたな」
時計を見ると、まだ深夜二時だった。外は真っ暗で静かなものだった。
ぼくはベッドから起き上がり、自室を出ると一階にあるリビングに向かう。
するとそこには明かりがついていて、大量のノートを開きながら頭を抱えているルシルがいた。
「……」
見なかったことにして通り過ぎたいが、喉が渇いた。
あれに見つからずに横切ることは不可能だろう。
それでもぼくは、無駄な抵抗として足音を殺して通り過ぎようとするが……。
「あれ? どうしたんですか?」
見つかる。まったく、鋭い奴らが多いものだ。
「喉が渇いたんだ」
「そうですか」
ぼくの言葉を受け、ルシルが立ち上がる。
「何がいいですか? 気分転換を兼ねて、美味しい飲み物を作ってあげますね」
ぼくのために、やる気満々なルシルにはっきりと告げる。
「水」
★
いつものように無意味な戦いが始まり、今回はコーヒーと言うことに落ち着いた。
まったく、文句があるのなら何が飲みたいかなんて聞かないでほしいものだ。
「美味しいですか?」
ホットミルクが熱くて、冷ましているぼくに対しての発言である。
「まだ飲んではいない」
見てわからんのか、こいつは。
「時間が余っているのなら、私の悩みを聞いてくださいよ」
「嫌だね」
何故、どいつもこいつも無関係なぼくに相談をしてくるのか。
隠しているのならともかく、全員にはっきりと関わってくるなと明言をしているのに。
「そんなことを言わないでくださいよ~、この状況を見ればわかるでしょう?」
ルシルと顔と、このリビングの状況を見れば、何かに焦っていることはよくわかる。
「自分でなんとかしろよ」
「愚痴ぐらい、聞いてくれてもいいでしょう」
ルシルはぼくの腕をつかみ、子供のように我儘を言う。
「お前はそんなやつだったっけ?」
もっとクール奴だったのでは?
「無限くんは知っているでしょう? 無理をしているだけで、私は元々こういう人間です」
そういえばそうだった。
「わかったよ、言いたいだけは言えばいいだろう?」
いい加減鬱陶しくなって妥協する。
「実は、藤崎くんの教育計画を立てていたら、一人前になるまでに六十年以上かかることが判明したんです」
また、凄いことを言い出したな。
「それも、かなりのペースを維持することが前提です」
「なにそれ、そんなにあいつは才能がないのか?」
「ないと言えばないです。もちろん私の弟子と言う基準での話なので、一般的な基準ならその半分程度ですが」
「へえ」
本格的にこいつの弟子はやめたほうがいいようだな。
「しかし、魔法使いってのは遅咲きにも程があるね。完成するのは早くても五十ぐらいか?」
「それはそうですよ、だからこそ魔法使いはお年寄りのイメージが強いでしょう?」
言われてみれば、童話の魔法使いは魔女は年寄りのイメージが強い。
「魔法使いはその魔力量に比例して、寿命も延びるんです。だからこそ五十年どころか百年、二百年の修行期間でも問題はないと言われています。まあ、本当に優秀な魔法使いなら、一年もしないうちに完成するのですが」
因果な話だ。
才能がない魔法使いは寿命が短いので、長い修行を受け入れられない。
才能がある魔法使いは、寿命が長いのだが長い修行はそもそも必要がない。
「どう見ても、藤崎くんは一般人程度の寿命でその人生を終えるでしょう。いやむしろ体に無理をさせることでさらに短いかもしれないぐらいです」
「詰んでるな」
つまりあいつが望む魔法使いになれたとしても、理想でいられる時間は十年程度だと言うことだ。
「でも、別に悩むことはないだろう? あいつが十年のために人生を潰すか、大切な命のために理想を捨てるのか。自分で決めさせるがいいさ」
それよりも、一つだけ気になることがある。
「なんであいつを、この家に入れないんだ?」
ルシルは、宗次のことを弟子だと認めている。まだ魔法を覚えていないので仮弟子のようなものだが。
「……私は、強硬手段を恐れているんです。前にもあったんですが、しびれを切らしてしまって、この家に置いてある私の魔法書を盗み見られないように」
魔法書とは、自らの魔法を覚える手段を書き記した本のことを言う。
その本を読めば魔法を覚えることが出来るが、魔法の後継者とは言われないらしく、それ故にぼくに価値があるらしい。
あくまでも、魔法を覚えている人間に習うことで魔法を継げるのだ。
「でも、大丈夫です。この家の警備は最大限にしてあります。解除は私にしか出来ませんし、力づくで破壊するには学院長程の威力が必要になります」
ルシルの懸念はもっともだし、宗次のことを思うのも正しい行いだと理解する。
だがそれを口にして伝えないのなら、ただ不満を溜めてしまうだけだと思うのは、穿ちすぎな考えだろうか?
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