幕間4
少しばかりの時間がたち、ぼくの心穏やかな生活は終わりを告げた。
喜ぶべきことなのだが、喜ぶことが出来ないイベント。
今日は、フルーツの退院の日だ。色々とあって、夕方に退院することになった。
「マスター、お久しぶりです!」
「あ、ああ……」
このまま永遠の別れでも困らなかったのに。
「元気そうでなによりです、もう無茶はしないでくださいね?」
退院の手続きを終えたルシルが戻ってくると、フルーツに優しい言葉を掛ける。
「人間よりも入院の期間が長いなんて、ホムンクルスってなんなのだろうか?」
だから、ぼくは率直に疑問を提示した。
「ぐっ、退院そうそう厳しいですね! フルーツのマスターなんですから、もっと優しい言葉をお願いします」
「いや、だからあなたのマスターは私なんですけど?」
ぼくに噛みついてくるフルーツと、その人形を悲しそうに見つめるルシルであった。
「だいたい、ホムンクルスだからこそ、入院の期間が長かったんですからね」
「なんで? ホムンクルスは人間より遥かに劣るって意味?」
「違います、体を動かすエネルギーの比率の問題です。人間は食物などのエネルギーにより体を動かしますが、ホムンクルスは魔力をエネルギーに変換します」
「何言ってんの?」
全然わからない。
ぼくはルシルに視線を向けてみる。
「いえ、製作者や個体差でも違いますよ。人間はエネルギーを魔力に変換して利用しますが、魔力自体を生命力には出来ません。ですがホムンクルスは出来ると言うことです」
「魔力イコール生命力じゃないの?」
「それはもちろん、二つは全く同じ数値ですよ。でも性質は全然違うものですから」
そりゃそうだ。簡単に言えば魔力が高い奴は生命力が強いと言うだけの話。
魔力が生命力そのものだというわけでは、ないのだから。
「話を戻しますが、もちろんホムンクルスも食物をエネルギーに出来ます。でも人間に比べて遥かに消費量が高いので魔力もエネルギーにしなければとても追いつかないのです」
「それなら、大量に食べればいいだけじゃないのか?」
「エネルギーでも、魔力でも、変換できる量には限りがありますからねえ。無意味です」
生物の性能限界と言うわけか。
「それと入院が長いのに関係が?」
「魔力が回復しても消費しますから。人間に比べて安全域に戻るまで長いんですよ」
言わんとすることはわかった。
人間は回復中に魔力を使わないから早く充電できる。フルーツは使ってしまうから遅い。
★
今日は退院祝いだと言うことで、宗次も連れて街で食事をすることになった。
普通のレストランに見えたが、個室を利用できるようだ。
ある程度の注文がテーブルに届くと、ぼくらは食事を始めだす。
そんな中、フルーツがいつものように口を開いた。
「そうなんですね、でもあなたごときがお姉ちゃんの弟子になるなんて。……身の程知らずですね」
ぼんやりしていたら、突然の辛らつな言葉が飛び出て驚いた。
「なんだと!」
もちろん、その言葉は宗次へ届けられたらしい。
「どういう意味だよ。おれは藤崎の人間だし、努力だってしているんだ」
「その藤崎という家のことは寡聞にして知りませんが、あなたに才能がないのは明白じゃないですか?」
フルーツは心底不思議そうな顔をして、言葉を発している。
「一見しても魔力量が低いですし、強者特有の雰囲気なども感じません。なにか誇れるものでもあるのですか?」
「そんなもの知るか、おれはまだ学生だぞ。これから努力してどこまでも伸びていくんだよ! それに、おれには才能があるんだ」
「……、だからどんな?」
「そこまでにしてください!」
ルシルの言葉が、二人の会話を遮る。
「フルーツの言うように、藤崎くんが未熟なのは事実ですが、まだ一年目であり、これから成長していくことにも間違いはありません。そもそも藤崎くんは、まだ私の生徒になって一週間ですよ。まだ語れることなんてありません」
確かにその通りだろう。
「魔法使いの人生は長いんです。一年二年の話ではなく、何十年という目で評価する必要があるんです」
流石、一般人からある日突然覚醒した最高の魔法使いは言うことが違う。
ぐだぐだと喋っている三人を置いておいて、ぼくは食べることにのみ集中した。
★
宗次と別れルシルの家に戻り、眠ろうとしているとフルーツがぼくの自室に入ってきた。
「マスターはどう考えているんです?」
言っていることが曖昧過ぎてなんにもわからない。
「夕食のときにフルーツが発言したことは、全てが事実です。つまり、彼はとても危険な状態だと言うことです」
魔法を覚えようとしたら、死ぬと言う意味だろうな。
「マスターに縁のある人物なのですよね? 止めなくてもいいのですか?」
「別に。ぼくに縁があるのではなくて、実家に縁があるだけだし」
「つまり、最悪の場合が訪れても構わないと?」
フルーツが何かを心配して、ぼくに語り掛ける。
「いいんじゃない? その辺りはルシルと宗次の問題だしな。でもお前が止めたいと言うのなら、止めはしないよ?」
「それは、本当は止めてほしいと言う意味ですか?」
何故、こいつはぼくの言葉を好意的に解釈するのだろう。
「どうでもいいが、それでもどちらかというのなら止めないほうがいいだろうさ。自分のことは自分で決めるのが当たり前のことだ。それを関係のない他人が口を出してしまえば、文句を言われたり恨まれたりするだけだ」
その理由が善意によるものだとしても、なんの関係もないだろう。
人間の感情として、理不尽な感情を向けられるだけだろうさ。
もちろん、この考えには一切の例外などなく。
フルーツが二人に対してどんな行動をとるとしても、ぼくには一切の関わりがないと思っている。
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