幕間のはなし

幕間1

 


 それは火事のせいで入院し、次の日に退院した時のことだった。


 もう少し入院してゆっくりしていたかったのに、あっという間に口が軽い医者に退院させられて、不満だった時のことだ。


「お願いします! おれを弟子にしてください!」


 彼は土下座をしながら、真摯なお願いをしている。


 もちろん、ぼくにではなくルシルにであった。


「顔を上げてください、そもそも貴方は?」


 予想できた反応だが、ルシルは彼のことを知らないらしい。


「無限から聞いていませんか? おれは神崎家と親交の深い、藤崎家の長男、藤崎宗次です!」


 どうでもいいが、何故ぼくがルシルに話していると思うのだろう。


 まあ、しばらく一緒にいるので、お互いに家族のことを話題にしていてもおかしくはないのだが……。


 そういえば、ルシルやフルーツにぼくから必要以上の会話を振った記憶すらないな。


 いつも余分な話だけだが、ルシルの家族の話もフルーツの製作者の話をしたこともない。


 そして、これからもぼくから聞くことはないであろう。


 興味ないし。


「無限くんの関係者だと言うことはわかりました。でも、何故私の弟子になりたいのですか?」


 順当な質問だ、別にぼくの近くに寄ってくる理由など一つもない。


 別に仲がいいわけでもないし。


「世界最高の魔法使いである、ルーシー・ホワイミルトの弟子になりたがるのは不思議なことですか?」


 最近思うのだが、名前倒れではないのだろうか?


 こいつの凄いところを見た記憶など、ほとんどない。


 まだフルーツの方が便利だろう。


「この学院に入学したころなら、不自然ではありませんね。でもこの学院に数か月通った今なら私の噂ぐらい知っているのでは?」


「それは……」


 弟子志願の生徒を、恐ろしい人数壊してしまい、情など一切ない冷たい女だと学院中で囁かれている。


 ……まあ最近は学院や町などで、ぼくやフルーツといるところを見かけた、生徒たちの評判で上書きされている。


 苦労人だとか、買い物好きだとか。


 ……表情がころころと良く変わって、怒ったり笑ったりして親近感がわくとか。


 いい傾向だと思っている。無理をしているだけで、そっちの方が本当の姿なのだから。


「確かに、いろんな評判を聞いて正直怖かったです。それに自分の実力不足も痛感していました。でも! 今回の火事の話を聞いて、動かなければならないって思ったんです!」


「どういう意味ですか?」


「おれにとっては無限が目標なんです! 一緒に学院に来たのに、どんどん有名になっていって……。おれだって成長したいんです!」


 はっきりと言っておくが、ぼくは一切の成長などしていない。


 確かにいくつかの魔法を覚えたが、一切使えない。


 ルシルから何かを習った記憶もない。


 適当に、学院をさぼって。適当に、学院に通っている。


「……そうですか、まあ貴方がどの派閥にも入っていないと言うのなら、拒否する理由はありません。でもおそらく貴方が聞いた噂はすべて真実です」


 ルシルはぼくの方をちらちらと見ながら、真面目な話をする。


「おそらく、あなたでは私の魔法を覚えることが出来ずに死んでしまうでしょう」


 ……、成程。


 つまり本心では、ぼくに止めてほしいのか。


 援護をしてほしいと。


「構いません! でも、おれは命を落とさずに実力を身に着けて魔法を覚えて見せます!」


 宗次の言葉に、ルシルは困った顔でぼくに視線を向けるが根負けしたようだ。


「わかりました。でも無限くんとは違い、内弟子ではなく外弟子として扱います」


「はい! これからよろしくお願いします!」


 内弟子とは弟子を自分の家に住まわせて、一緒に生活をしながら物を教える事。


 外弟子は通いだ。


 つまり、今のところはルシルにあまりやる気はないらしい。



 ★



「何故止めてくれなかったんですか?」


 宗次が帰った後、ルシルは恨めしそうな声でぼくにそう言った。


「何の話?」


「何度も視線を送りましたよね? 無限くんは察しがいいのですから、気づかなかったとは言わせませんよ?」


 残念ながら先手を取られてしまったので、誤魔化せなくなる。


「そんなこと言われても、ぼくには関係ない話だろう?」


 そう、ぼくはそう思っている。


「何故ですか? ムゲンくんの関係者ですし、なによりも弟弟子になったんですよ?」


「家どうしに関係があるだけだし、ぼくがルシルの弟子なのは名目上だけだろう。なにかを習っているわけじゃないし、なんなら宗次に任せて弟子を辞めたい」


 そもそも、ぼくはルシルが困っていたから弟子になってやったにすぎない。


 ぼくをワールド・バンドのメンバーに会わせたのも、結局はクイーンだったし。


「絶対にダメですからね!」


 強硬にルシルはぼくを止める。


 いい加減に開放してほしいものだ。


「そういえば、フルーツはどうしたんだ? ずっと見ないけど」


「……あの子はムゲンくんのために無理をしたので、しばらくは入院です」


 なんとも、軟弱な護衛だった。

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