コイツは二人目の師匠とは、違う

 


 あれから一時間がたち、やっとくだらない時間から解放された。


 ぼくらはようやく、目的地に向かう。だが、その途中。


「ねえ、マスター。今から会う相手は社長ですか?」


「はあ?」


 こいつは突然何を言い出すのだろう。


「詳しくは知りませんが、会社や商会の偉い人は、社長ですよね。フルーツはテレビで見ました」


 こいつはどれだけ俗世間に染まっていくのだろう。


 少々心配になるが……。


「そうだな、社長だ。ぼくもそう呼ぶことにしよう」


 ぼくも詳しくないので、フルーツに合わせることにしよう。


 詳しい役職を聞いて、会長とか当主とか言われても面倒だ、何を聞いても社長で統一する。


 そこまで決めると、ぼくとフルーツは三階にある館長室を見つけ、ノックをせずに中に入る。


「失礼」


「やっと来たか」


 そこにいた男の姿は、ぼんやりと見覚えがあった。


 長身と、フレーム付きの眼鏡。


 オールバックの髪に、きっちりとしたスーツ姿。


 外見年齢は四十代ほどで、そしてその顔には深い知性が宿っている。


「初めましてだね、自己紹介は必要かな?」


「ああ」


 あんたのことなんて、知らないからな。


「では、改めて。俺の名前はロギス・エレメント。エレメント商会の当代当主を務めている。以後お見知りおきを」



 ☆



 備え付けのソファーに座り、ぼくらの会話は始まった。


「そもそもの話だが、何故ぼくを呼び出したんだ?」


「当然、用事があったからだが。直接の理由はピンときたからだ」


「へえ」


「数日前に町中ですれ違った、その時に君には何かがあると思ってね。色々と調べさせてもらったよ。長いこと商人をやっていると、直感というものは侮れないとわかる。そのおかげで君は俺たちエレメント商会に必要不可欠な存在、救世主だと言ってもいいとわかった」


 直感を侮れないという考え方には、深く共感する。


 何度も、経験があるからだ。


 ぼくを必要だと言う理由には、心当たりはいくつもない。


 だが、それが商人という仕事に必要なのかがわからない。


 ここは、何もわからないふりをして話を聞こう。


「どういう意味だ?」


「ずばり、君にエレメント家に伝わる魔法を覚えてほしいのだ」


 予想通りでもあり、予測できない言葉でもある。


「どういうことだよ、あんたの家は世界一の商会なんだろう? 魔法を覚えてもらう当てなんて腐るほどあるだろうし、そもそも子供とかは?」


「詳しいことを君に話す気はない。報酬は十分に払おう、俺の依頼を受けるんだ」


「断る」


 当然の話だが、このぼくがそんな横暴な話を受けることはない。


 だが、この社長の事情には興味があった。


 まだぼくの知らない魔法社会の話が聞けるかもしれない。


「断ることは許さない。もしそんなことをしたら、この世界に君たちの居場所はなくなると思え!」


「勝手にしてくれ」


「学院を取り潰したり、君の一族を路頭に迷わせることも出来るが? 衣食住すらも奪えるんだ」


「やりたいのなら好きにすればいい。ただ、そうなれば戦争だよ」


 学院長やルシルを巻き込んで、思い知らせてやることになるだろう。


 例え自分の力がなくても、周りの力を利用して最強の存在すらも倒せる。


 人脈というものは素晴らしい。


「自らのために、関係のない他人を巻き込むのかね? それはプライドのないことだ」


「プライドなんてものに大した価値はないだろう? それともあんたは誰かに殺されてから、この殺し方は卑怯だと糾弾するタイプか?」


 死後の世界でどれだけわめいても、失った命が戻ることなんてない。


 そんなことは誰でも知っている。


「ケンカを売るのなら好きにすればいい。ぼくが逃げることはない」


 はっきりと明言する。


 権力にも、実利にも屈するつもりはない。


 嫌なものは、嫌なのだ。


 そこまでの覚悟を固めていると、社長は小さく笑った。


「すまない、今までのことは全面的に謝罪しよう」


 そして、頭を下げてぼくに頼む。


「事情は全て話そう、どうか俺に力を貸してほしい。それとも、気分を害して帰ってしまうかな?」


「いや、話を聞きたいな」


 こうして、ぼくらは腹を割った話を始めた。



 ☆



「俺は商人でね、相手の足元を見るのが基本なんだ。そういう生き方が染みついてしまっている」


 そう、初めかららしくなかったのだ。


 らしくない、というより似合っていなかった。


 ぼくの二人目の師匠は、あんな大怪我を負いながらもまるで貴族のように偉そうな態度だった。


 それは教師とか生徒とかの話ではなく、自分にとっては全ての人間は下に見るもの。


 自分の命令を聞くのは当たり前だと言う意思が、強く感じられた。


 その結果、ぼくと学院長に財産の大半を奪われたのだから馬鹿な男だったが……。


 この男は違った、ぼくを見定める目。


 果たして信用してもいいのか。自分の役に立つのか、本当のことを話しても裏切られないかと、慎重にぼくのことを探っている真摯さを感じていたのだ。


 おそらく、この男は誠実で慎重で、一度味方だと思うと本気で心を許してしまうタイプなのだろう。


 だからこそ、強い警戒心を持っているのだ。


「構わない、あんたみたいな人は嫌いじゃないよ」


 警戒心は、希望や信頼という気持ちの裏側だ。


 おそらくだが、この男にとって余程大事なことをぼくに頼もうとしているのだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る