未来を示す迷惑な人

 


 あれからシホに追い立てられるように、ぼくは魔法陣を使ってキリスの街にやってきた。


 それはいいのだが、残念なことにこの街のどこで、なにをすればいいのかを、ぼくは一つも聞いていないのだ。


「うーん、お前は知ってるか?」


 ぼくは、シホに言われたからといって、当たり前のようについてきているフルーツに疑問を投げかける。


「いえ、フルーツは何も知りません」


「そうだよなあ」


 当然だろう、ずっとぼくの傍にいたのだから。


 だが、それならばどうしよう。


 シホに連絡して聞くか?


 まさか、そんな面倒なことをしたくはない。


「なら、このまま街で適当に遊んで帰るか」


 連絡の不備ということで、責任はシホに被ってもらうことにしよう。


 そのことに気づいたシホから連絡が来ないように、スマホの電源をしっかりと切っておく。


「これでよし、と。フルーツはどこか行きたいところがあるか?」


「そうですね……、今日はマスターにお付き合いします。やはり元マスターが一緒じゃないと恨まれますので」


 なんだかんだで仲がいいことが伺える発言だ。自分だけが楽しむのは望まないらしい。


「そうか、それならその辺をぶらつくことにしよう」


 街を適当に散策していても、時間はあっという間に過ぎてしまうものだ。


 夜まで遊んで、気が済んだら帰ることにしよう。


「おっと奇遇だねえ、むーくん?」


 そんな時、嫌な声を聞いた。


 振り向くとそこには、久しぶりに見る顔。


 ヴィーと、その弟子たちの姿があった。


 弟子二人はともかく、ヴィーは布のようなもので両目を完全に覆っているので、不審人物にしか見えない。


「何故、ここにいる?」


 ぼくはわかりきった質問をする。


「おや? わたしが街で遊んでいてはいけないのかな?」


「今は、平日の午後だ。そして弟子たちを連れている」


「そんな日もあるさ」


 確かにヴィーだけなら不自然な部分など一つもない。


 だが、その真面目な弟子たちが、文句の一つも言わずに傍にいるのはどう考えても不自然だろう。


「さて、偶然とはいえわたしたちが出会えたことに感謝しよう。どうだろう、一緒に遊ばない?」


「断る、ぼくは忙しい」


 はっきりと断言しておくが、未来が見えるヴィーにとって偶然など存在しない。


 全ての行動に、意図があるとみるのが自然だ。


 いつもなら、面白そうだからと話に乗っかるところだが、今回の場合は、文脈をしっかりと読むと……。


「まあまあ、いいじゃないか。どうだろう? あそこのデパートにでも行かないかい?」


 つまり、あのデパートにぼくを呼び出した相手がいるのだと見るのが順当だ。


 どうしたものか、既にサボって遊ぶと決めたのに。


 一度緩んでしまった気持ちを、また真面目な気持ちに戻すのは難しいのだが。


 可能だとはちっとも思わないが、今すぐに一目散に逃げてしまおうか。


「無理だよ、大人しくわたしと行こう。なあに、損はさせないさ」


 どこまでもお見通しだと気づき、ぼくは観念してヴィーについていくことにした。



 ☆



「むーくんは可愛いなあ」


 ぼくが今、何をやっているかというと……。


 今度はデパートの洋服店で、ヴィーの着せ替え人形になっていた。


「だって、悔しいじゃないか。ルーシーとは遊んだんだろう?」


 ヴィーは拗ねながら、そんなことを口にするが……。


「マスター、マスター! 次はこっちを!」


 何故か、ぼくが着せられている服は女性服。つまりは、女装をさせられていた。


 ちなみに、ヴィーの弟子たちは呆れたようにどこかに行ってしまったが、フルーツはノリノリで参加している。


 やはり、こいつは不良品なのか?


「うーん、むーくんは嫌がらないからつまらないな。女装は平気なの?」


「別に、こんなものはただの服だ。着ることが出来ればそれでいい」


 強いて言えば、楽な格好がいいけど。


「でも、慣れているよね?」


「まあな、昔からよく着せ替え人形にされる」


 シホとか、まあ色々な誰かに。


「まあ、君は可愛い顔をしているからねえ」


「それよりも、お前は両目とも隠れているのに何でぼくの姿が見えているんだ?」


「実際の両目で見ているわけじゃないんだよ?」


 ヴィーはそう言って、フフフと笑う。


 相変わらず底知れない奴だ。


「マスター、次はこれを!」


 もう面倒なので、さっきからフルーツの為すがままだ。


「それより、このデパートに待ち人がいるんじゃないのか?」


「もちろんいるよ。三階の館長室でイライラしているみたいだねえ」


「何故、行かない?」


「物事には時期ってものがあるのさ、あと一時間もしたら向かうことにしよう」


 相変わらず、何が見えているかはさっぱりだが、言っていることが間違っていたことはない。


「まあいいけど、お前はついてくるのか?」


「行かないよ。わたしたちは先に行って準備をしておくからねえ」


 何の準備だか聞いておきたいところだが。


「その必要はないさ、全ての準備はわたしが整えておく。むーくんはその時が来たら、わたしの元に来るだけでいい」


 だから、その場所を教えろと言うのに。

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