不思議な呼び出し

 


 用事が済んだので、さっそくシホのもとに行き、読書をすることにした。


 とりあえずは書庫に用はなく、シホの部屋にある本から読破していくことにする。


 フルーツの道案内のおかげで迷うことがなかったが、ぼくよりも早く道を覚えていることに少々納得がいかなかった。


 室内にいるシホに来たことを伝えると、今は忙しいから勝手に読んでろと言われる。


 論文を作る作業とは関係なく、シホの部屋には巨大な本棚が二つあり、その私物の本から読んでいくことにした。


 驚くこと、でもないがフルーツも読書を好むらしく。


 ぼくは左の棚から、フルーツは右の棚から読んでいくことにする。


 既に読んだことがある本もあり、割と早く棚の本が消化されていくのだが一時間ほどが経った頃……。


「マスター、栄養が欲しいです」


 突然、フルーツのお腹が小さく鳴り、ぼくに空腹を訴えてきた。


 時計を見ると、午後三時だ。


 シホはオヤツに拘るなので、美味しそうなクッキーと紅茶をテーブルの上に用意してあった。


 本来は自分用なのだろうが、作業に集中しているようなので勝手に食べることにした。


「美味いか?」


 フルーツはクッキーと、自分で淹れた紅茶を黙々と食べている。


「美味しいです、どうやらフルーツは甘味を好むようです」


 本当に人間のような人形だ。


 お腹が膨れればそれでいいぼくが人形で、クッキーが美味しいと、僅かに表情を綻ばせるフルーツが人間だと錯覚してしまいそうだ。


 どうやってフルーツに、もっと人形らしくなってほしいと要求しようか悩んでいると、室内に電話のコール音が鳴る。


「はい、神崎です」


 どうやら備え付けの電話らしく、シホが対応している。そういえばキイチは来ないのか。


「はい、……はい、わかりました」


 数分で通話が終わり、シホがこちらを向く。


「おい貴様ら、それはこのわたしの……」


「ケチケチするな。少年少女がお腹を空かせていたんだ。仕方ないだろう?」


「……わかった、あとで愚弟にでも買いに行かせよう。いや、おまえたちが代わりを買ってこい」


「嫌だね」


 なんでそんな手間を、自分で買ってこい。


「ついでなんだ、構わないだろう。今の連絡は無限宛だ」


「心当たりはない」


「数日前、キリスの街で身なりのいい男とすれ違ったんだろう?」


「いや」


 そんな記憶はない、人違いだろう。


「お前の記録回路の故障は考慮に値しない。お前は確かにすれ違ったんだ、そしてその男がお前に会いたいと言っているらしい」


「断る」


「駄目だ。その男は魔法社会で全世界にその商会を展開している大商人でな。逆らえん、それにお前にとっても悪い話ではない。何の用事かは知らんが、そのよく動く口で利益を持って帰ればいい。上手くいけばなんでも手に入るだろうさ」


 まあ確かに、世界中に店があるんだから、なんでも取り寄せることが出来るだろう。


 そして、情報の類も。


「ついていきたいところだが、このわたしは忙しい。フルーツを連れて行け、それなら安心できる」


「……、なんかマネージャーみたいだけどさあ。それって最初の師匠のはずの、ルシルの仕事なんじゃないのか?」


「無理だ。ルーシーはまた外に出ているし、この連絡は事務から回ってきた。教師の中で孤立しているルーシーより、次期学年主任のこのわたしのほうが頼りにされているのだ」


「世知辛いなあ」


 まあ、そうかもしれない。


 シホがぼくの師匠になったと言う話は既に学院中に回っているらしいし、直接ルシルに電話が来たのならともかく、事務に連絡が来たと言うのなら一番接しやすい師匠に連絡が回るのは道理だ。


 それはつまり、相手はルシルたちの知り合いとかではなく、個人的にぼくがここの生徒だと調べて連絡をしてきたと言うことになる。


 つまり、まったくの学院の外部の人間だ。


 面倒だ、途中で逃げるかな。


「一応言っておくが、相手は魔法社会そのものに多大な影響力が持つ商会のトップだ。逃げたりしたらこの学院にどんな影響が出るかわからん。このわたしが見つけ次第縄で縛って連行すると覚えておけ」


「わかったわかった」


 それならとっとと終わらせるのが正解だな。


「相手の名前は?」


「一族経営のエレメント商会、会長のロギス・エレメント。世界一の商人だと呼ばれている男だ、その気になれば神崎家すら終わらせることが出来る男だから、気を付けろよ」


 ……どうしろと?

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