騒がしくなっていく生活

 


「どうしたんでしょう?」


 ルシルは不思議そうな顔をしながら、物音がした玄関に向かった。


 ぼくはベッドに横になりながら、自分の部屋で様子を窺う。


 どうせ役には立てないだろうし、ルシルがドアを開けっぱなしにしたので、音がよく聞こえるのだ。


「なんですか貴方たちは?」


「どいてください元マスター、敵意を感知しました!」


 新しくフルーツの声がしたと思ったら、何かがぶつかるような大きな音がした。


「ほう、このわたしにケンカを売るとはいい度胸だ!」


「やめてください、やめなさい貴方たち! やめろって言ってるでしょ!」


 ついに爆発したルシルが何かをしたらしく、騒音は収まった。


「それで、貴方たちは何をしに?」


「ここに神崎無限がいると聞いた。会わせてほしい」


「ムゲンくん、ですか? それは何故?」


「何故もなにも、あれはこのわたしの弟だ。それ以上の理由が必要なのか?」


「弟?」


 さて、逃げるか。窓から脱出すればいいだろう。


「隣にいるこいつは、あいつの兄だ。無条件で会いたくなるのは当然だろう?」


「そ、そうですね。これは失礼を」


 ルシルはおそらく、慌てて頭を下げているのだろう。無礼なことをしたとでも考えながら。


 でも考えてみてほしい、朝一から大声を出して他人の家に来たら、警戒されるのが必然ではないだろうか。


「では呼んできますね、放っておいたら逃げてしまうかもしれませんから」


 よくわかっているようだが、一歩遅い。


 ぼくは既に、窓から逃げる準備を整えてある。


「ああ、早くしてくれ。無限はこのわたしから逃げ回るような、情けない男だからな」


 その一言で、ぼくの体の動きは止まる。


「あいつは昔から、このわたしから逃げ回っていてな、いつも大げさに泣いてばかりだった」


 おい。


「一度も、このわたしに立ち向かうことも出来ないような、女々しい奴だった」


 うーん、これだけの嘘を言われて逃げるのはどうだろうか?


 わかっている、あいつはぼくが会話を聞いていることを理解した上で、挑発していることを。


「まあいいか」


 全部分かっているんだし、何も気にせずに逃げてもいいのだが。


 どうせ会わなければ話が解決しないのなら、諦めてもいいか。


「勝ち誇られてもムカつくし」



 ☆



「遅いぞ」


 部屋から出て、階段を下りて玄関に辿り着くと、そんな言葉を投げかけられた。


「ああ、お前はいつも冷静ぶっている割に、挑発に弱すぎるぞ」


 キイチの奴がぼくに文句を言いながら、何かを嘆いているが、放っておいてほしい。


 一応は、合理的な判断をしたつもりなのだから。


「黙れ、それでなんのようだ?」


「用も、話したいこともいくらでもあるのだが、まず一つ聞きたい。お前はこのわたしの名前を憶えているか?」


 真面目な顔でそんなことを言われた。流石に覚えている。


「神埼死歩だろう? 三兄弟の長女だ」


 この三兄弟は、とても物騒な名前を付けられているので、覚えやすいのだ。


「そうか、まだそこまでは進行していないのか……」


 シホがなにやら小さな声で呟いているようだが、よく聞こえなかった。


「なんて?」


「いやそれよりも何故、ここにいる? お前はこのわたしたちの家から出て、実家に戻っただろう?」


 ぼくはこの学院に来るまでの一年間、実家である本家で生活していたが、それ以前は赤子のころからずっと親戚で分家である、こいつらの家で暮らしていた。


 そして何故、本家に戻ることになったかと言うと。


 あまり言いたくないのだが、ちょっとした問題を起こしてしまい、強制送還をされてしまったのだ。


 当然のことながら、世間に証拠を残すようなヘマはしていないのだが……。


 少しばかり、怒らせてはいけない人物を怒らせてしまったので、日本に強制送還されてしまった。


 そして二十歳までの数年間は本家で、隔離されて暮らすはずだったのだが……。


 何の因果か、こうしてイギリスにいる。


「両親が、家のために留学しろって言ったんだ」


 色々と考えてみたが、面倒なので端的に答えた。


「……あの人たちは、本当に約束を守らないな」


 ぼくの言葉に、シホは頭を抱えてしまっている。


「まあいい、理解した。そしてお前がルーシー・ホワイミルトの弟子でいいのだな?」


 ぼくは頷く。


「成程。それならお前が学院に来てからの噂は大体知っている。しかし不思議だな、お前の活躍は学院中に広がっているのだが、このわたしでさえ名前を知ることはなかった」


「……あ、それは」


 思わずといった具合に、ルシルが口を開いた。


「そのですね、実は私の弟子としてムゲンくんのことを大々的にお披露目したいので、情報を隠蔽するように頼んでおいたんです」


「それに、入学してからしばらくの間学院に通わなかったからなあ」


 ぼくの存在が広がる機会はなかったのかもしれない。

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