戦えない退屈
魔術とは面白いものだと学んだあと、今度は魔法戦闘の実習に入るらしい。
ぼくらは第四実習室に移動すると、二人一組になることになった。
この中は不思議魔法空間で、大体一つの森を再現しているようだ。
ぼくらはその中で一時間の間、好きに戦えばいいのだと。
本気で戦うもよし、遊びで戦うのもよし、……殺しあうのも構わないらしい。
担当教師の正気を疑ったが、そういえばいつものことだった。
それに強さに自信がないのなら見学も許されるらしく、本当に最低限だがちゃんと生徒のことを考えているみたいだ。
学院長のそういうところもムカつくようだった。
「よし、ならやりあおうか」
ぼくが主席くんに向けて拳を向けると、困惑した表情を向けられた。
「まさかとは思うが、魔法を使えない貴様がこの俺と戦うつもりなのか?」
「ケンカには少しだけ自信がある」
これは本当の話。
ぼくは昔から常人より遥かに身体能力が高かった。
正確に測ったことはないが、今ではオリンピック選手を遥かに超えるほどに。
碌に運動をするわけでもないぼくが何故、と不思議だったが最近魔法使いの血筋だからと納得できた。
ルシルや主席くんから聞いた話だと、こちらの世界には生まれてくる前から細胞を改造された者や、成長過程の教育方法で化け物並みの身体能力に改造されてしまうものはゴロゴロいるらしい。
ぼくは天然でそれらに匹敵するので、何らかの秘密でもあるのかもしれない。
もしそうなら、きっと魔力量に関係するものなのだろう。
「……やめておけ、ただの喧嘩自慢では俺には勝てない」
「そうですよ、お兄ちゃんはほとんど一般人なんですから。ここはフルーツが……」
「そうだな、無限の使い魔なら代理で戦う資格があるだろう」
「正確にはお姉ちゃんの使い魔なのですが構わないでしょう。マスターはお兄ちゃんですから」
むう、それはつまらない。
あの爺さんや学院長には絶対に勝てないと今でも思っているが、生徒ぐらいにならただの肉弾戦、それも手が届く範囲の戦いなら勝てると思ったんだけどな。
あのゴーレムの戦いを見学した結果、そう思ったのに。
「では行きますよ、今度こそ止めを刺してあげます!」
「いいだろう、今度はこの俺も反撃することにしよう!」
二人を笑いながら森の中に入っていく、少しすると爆音が響きだした。
「いいなあ」
ぼくも魔法が使えればあの中に混ざることが出来るのに。
☆
ぼくと極少数の見学者を除いた戦闘が始まり、三十分ほどが経った。
意外なのか当然なのか、派手な戦闘が出来る人間は多くない。
そして残りは地味な戦いをしている。
初めは楽しそうだったのだが、小さな火の玉を出したり変な形の武器で殴り合ったりしている姿を見てもつまらない。
ルシルレベルとは言わないが、せめて主席くんぐらいの面白さが見たいのだ。
ぼくが落胆していると、ボロボロになったフルーツたちが帰ってきた。
そういえば爆音が鳴らなくなっていたな。
「これ以上は本気になってしまうので、帰ってきました」
「少し休憩したら続けるがな」
まだまだやる気に溢れているようだ。
どっちかを後ろから殴り倒したらぼくも遊べるのかと一瞬考えたが、怪我をするのも嫌だから諦めた。
「なあフルーツ、ぼくに変身魔術を使ってくれよ」
代わりに、新しい遊びにチャレンジしようと思う。
「構いませんが、何故ですか?」
「退屈だから動物の姿で散歩してくる」
そのぐらいしか楽しみがない。
「危ないことをする気なら、協力は出来ませんが」
「なあに、すぐに帰ってくるさ」
こいつは人形のくせに何様のつもりか、マスターの命令に従うことを協力だと言ったぞ。
「わかりました」
フルーツが指先を振ると、ぼくの姿が淡く光る。
その姿はカラスになっていた。
「……おい」
「どうでしょう、空を飛べて尚且つ魔法使いの使い魔に相応しいのではありませんか?」
確かに、言われてみればそうかもしれない。
「まあいいや、それでこの首のものは何のつもりだ?」
何故かはわからないが、ぼくには首輪が付いていた。
「それはもちろん、お兄ちゃんがちゃんと戻ってきてくれるようにです。きまぐれですからそのままどこかに飛んで行ってしまうかもしれないじゃないですか」
その可能性は否定できない。野生の本能のままにどこかに行ってしまいそうな気もする。
「それとさ、他の奴らに比べてぼくにかけられた魔法って変じゃなかった?」
「確かに違う魔法を使いました、さっき我々が覚えたのは違う生物に変身する魔法。そしてフルーツがかけたのはお兄ちゃんを違う生物に変化させる魔法です」
「よくわからないが、何でそんなことを?」
変身と変化、一体どう違うと言う。
「フルーツにもわかりませんが、お姉ちゃんの指示です。お兄ちゃんを別の形にしてはならないと」
「どういうこと?」
「さあ?」
役に立たない人形だがまあいい。ぼくにとってはどちらでも構わない。
鳥の姿になって大空を舞う、普通の人間なら一度は経験をしてみたいことだと思った。
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