不安しかない未来

 


 この閉鎖された森はつまらない。


 この変化したカラスの姿は、普通のカラスよりも遥かに飛べた。


 どこまでも高くまで飛べそうだし、どこまでも遠くまで飛べそうだった。


 それなのに、一定のところで見えない壁にぶつかってしまう。


 おそらくは魔法空間の限界なのだろう。


 ぼくはこっそりと第四実習室から外に出て、学院の周りを飛んでいる。


「ナンダ、コレハ?」


 いつもとは違う声が出る。


 まあそれはいいとして、学院の外の敷地に出ると危ない目に遭うのではなかったのか。


 時折、変な生物に出くわすこともあるが、目を合わせても興味を持ってくれずどこかに行ってしまう。


 襲い掛かってきてくれれば、逃げ回って遊べるのに。


 しかしこの学院は刺激的で、少し飛ぶと様々なものが見えるのだから。


 突然爆発した現場に行ってみると、教師らしき人間がため息を吐いていたし……。


 叫び声のした方に行ってみると、生徒が変な化け物と戦っていた。


 他にも色々なものに近づいてみたが、本当に興味深いものに溢れている。


 また一つ、大きな音がした。


 今度は何が起こったのだろうと、こっそり近づいてみることにした。



 ☆



 たどり着いた場所では、ちっぽけな少年がちっぽけな魔法を使っていた。


 その男はどこかで見たことがあるような、ないような顔をしている。


「ウーン」


 少し考えていると、急にバランスが崩れて地面に落ちてしまう。


 いや正確には、その少年の上に落ちた。


「いってええ!」


「アー、タスカッタ」


 死ぬかと思った、この首輪は本当に疫病神だ。


 かっこ悪いし、キツイし、バランスがとりにくいし。


「チョウドイイ、コレヲトッテクレ」


 ぼくは少年に頼んでみる。


「ああ! なんだよお前は!」


「ナンデモイイダロウ、ドウブツニハヤサシクシロヨ」


「なんて生意気な動物だ、察するに誰かの使い魔ってところか」


 ぶつぶつ言いながらも、少年はぼくの首輪を取ってくれた。


「フウ、ラクニナッタ。オマエハナニヲシテイタンダ?」


「何って、魔法の修行だよ。特訓してたんだ」


 どこかで聞いたような話で感心と言えば感心だが、暇人と言えば暇人だ。


「ドイツモコイツモ、タノシイノカ?」


「おい、誰と比べてるのかは知らないが俺を馬鹿にすんなよ! 俺には目標があるんだ!」


「ソウカ、ガンバッテクレ」


 とくに興味がないので立ち去ろうとすると、気になる言葉が聞こえた。


「俺は勝つんだ! 神崎無限に!」


 ……なに?



 ☆



「俺の名は藤崎宗次っていうんだ。八代目の当主予定で藤崎家は神崎家と深い縁があるんだぜ」


 あー、どっかで聞いたことがあると思ったら、一緒にこの学院に来た奴だな。


 懐かしい、今まで完全に忘れていた。


「無限は、あいつは神崎家で冷遇されて魔法の才能もなくて。正直に言って俺は同情していたんだ。哀れな奴だって」


 まあ客観的に見ると、ぼくはかなり哀れな奴だと思わないこともない。


「それなのに、あいつはこの学院に来てから世界最高の魔法使いルシル・ホワイミルトの唯一の弟子になって。……直ぐにイギリスで起きた大きな事件を解決したらしい」


 宗次は拳を握り、俯いてしまう。


「信じられない、俺の方が先だったんだ。俺が先に魔法に触れて、魔法を学んで……。俺の方が上なんだ。それを、証明して見せる!」


「ドウヤッテ? コロスコトガデキレバオマエノホウガウエナノカ?」


「物騒なことを言うなよ! まあ最終的には戦うけどさ、殺しなんかしねえよ」


 ほう、なんか常識的なことを言う。


「とりあえずは、俺もホワイミルト先生の弟子になるんだ。そこから始めなければなんにもならない。家族には反対されてるんだ、学院生活なんて適度に過ごせばいいって」


 そう言えば、ぼくもそんなことを言われてたな。


 今では忙しくなってしまったが。


「でも、俺はそんなこと納得できない。俺はこの学院で一流の魔法使いになるんだ! そしてライバルの無限よりも優秀なことを証明してみせる!」


 なんか暑いことを言っているが、全然ついていけないのである。


 だって、ぼくが宗次と接したのは一日程度だ。仲がいいわけでもなく、興味があるわけでもない。


「ナンデオマエハカンザキムゲン二コダワルンダ? ユウシュウナヤツナライクラデモイルダロウ?」


「神崎家と藤崎家は長年の盟友だし、あいつは凄い奴で仲良くなれそうだと思ったんだ」


「ハ?」


「だってあいつは、藤崎家にすら存在が隠されるほどに冷遇されてたのに、優しい眼をして平気な顔をしているんだぜ? まともな精神力じゃないだろう?」


 大きなお世話だ。


「おまけに魔法を使えないのに、魔法学院に行こうと思うほど図太い。普通に考えればどれだけ安全だと言われても怖いはずだろう?」


 確かにそうかもしれないが、ぼくは楽しみで一杯だったからな。


「あいつは魔法なんか関係がなく凄い結果が出せるほどの奴だった。俺のライバルに相応しい。ホワイミルト先生の弟子になれたらあいつに直接ライバル宣言をしてやるのさ!」


 とにもかくにも、やる気が一杯なようだった。


 しかし、ルシルの弟子ねえ。


 ……死ぬんじゃないかなあ。

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