魔法と魔術
ぼくがフルーツに失望の視線を送っていると、三人が教室に帰ってきた。
「貴様ら、次は移動教室だぞ」
偉そうな割に、親切に教えてくれる主席くんの後をついて歩く。
校舎を変えて、グネグネと曲がった道の終点の位置に、訪れたことがない教室があった。
「第一魔法実習室?」
どれだけ頭のめぐりが悪い人間でも簡単に名前を聞いただけで、その用途がわかってしまうだろう。
「そうだ、我々生徒が新しい魔法を覚えるときはここを使う」
「そうですよ。新魔法を座学として覚えるときは第一魔法実習室、体を動かすときは第二以降の魔法実習室を使うのが基本ですね」
主席くんの簡単な説明に、グリムが補足をくれる。
中に入ると、既にほとんどの席が埋まっていた。
おそらくはぼくとフルーツが遅かったからだろう。
「今日の午後からの授業は魔法を使った実習だと聞いた。実に楽しみだ」
今にも暴れだしそうなほどに興奮している主席くんをまるで珍獣を見るような目で見ていると、一人の教師が入ってきた。
「はい、授業を始めるよ。今日は変身魔術を覚えてもらうね」
早速授業が始まったかと思ったら、魔法を覚えてもらうときた。
「どうしたんだ、無限? 何かに驚いたような顔をしているよ?」
自分の中に答えのない疑問を抱いていると、心配したギースに声をかけられた。
「いや、覚えることが出来る魔法に限りがあるのに、授業とはいえ何でみんな反対しないんだろうと思ってな」
ちょうどいいので疑問を投げかけてみるが、自分でも当然の質問だと思う。
魔法を覚えるのには才能が必要で、失敗すれば死ぬ。
これも当然のリスクだが、それ以上に自分の魔力量を超えるほど多くの魔法を覚えることが出来ないのだから、自分に必要のない魔法なんて覚えるのは極力控えるべきだと思うのだが。
「うん? うーん、ああなるほど。無限は魔法と魔術の違いを知らないのか」
納得したようにギースは自分の手のひらを叩いている。
「なんだと? 全く、ホワイミルト先生はなにを考えているんだ?」
主席くんは何かを嘆いている。
成程、ぼくはまた誰でも知っているような魔法使いの常識を知らなかったということはわかった。
わかったから、とっとと説明をしろ。
「では、わた……」
「私が説明しますね、お兄ちゃん」
この人形は説明が大好きなのだろうか、グリムを押しのけてまでぼくに教えてくれるようだ。
「一般人には同一視されがちですが、魔法使いの間では日常生活に使うような下級から中級までの魔力を使った超常現象を魔術、それ以上の超常現象が魔法だと認識されています」
「……ふむ」
「ランクで言えばEランクまでが魔術、Dランク以上とEXランクが魔法です。そして確かに魔法は魔力量によって覚えることが出来る数が決まりますが、魔術は覚える数に制限などありません」
「へえ」
それは凄い。
「勿論、魔術を覚えることにも生命のリスクがありますが、魔術を覚えようとして死んでしまう魔法使いは才能のない三流だと断言できます。基本的に生命のリスクは魔法の強さに比例しますから」
つまり、魔術なんて大したことがないのだから生命のリスクなんてないも同然だということだな。
「ですから変身魔術はリスクもなく、魔法を覚える数を圧迫もしないので、魔法の授業にはもってこいだと言えるでしょう。あくまでも一例ですが」
「なんとなくわかった」
あくまでも、なんとなくだが。
「ところで、俺からも一つ質問がある。貴様は確か飛翔魔術が使えなかったな?」
「ああ」
「飛翔魔術よりも変身魔術のほうがランクが上ですし。もちろんお兄ちゃんには使えませんが、それが何か?」
フルーツが話を先読みして、主席くんを睨む。
また面倒なことになるのだろうか。
「成程な、そう睨むな。俺は事実を確認したに過ぎないのだから」
主席くんは苦笑し、ぼくから視線を外す。
だが、そんなことよりも。
「やっぱり、ぼくには魔術も使えないのか」
ところで、ぼくが魔法を使えないことをフルーツには教えてないはずなのだが。
……ああ、成程。
そういえばルシルが家に帰ってくる前に、ぼくの情報は一通り教え込んだと言っていたな。
☆
教科書を開いても黒板を見ても、書かれている内容がわからない。
書かれている文字は、完全に英語やイギリス語ではなく、視線を向けるだけ無駄だった。
暇つぶしに誰かの邪魔でもしようと考えると、主席くんの体が淡く光り。
「おお!」
立派なワンコになっていた。
「いや、これは狼か?」
「人狼だ、今回の魔法は生物への変身魔法だからな。物などには変われない」
へえ、これは面白い。周りも見渡すとギースたちも変化している。
「お前たちはなんだ?」
「おれはカメレオンだ。爬虫類になってみたかったんだ」
「私は妖精です。この前、学院内で見た個体を参考にしてみました」
二人とも、実に面白い。
このまま踏みつぶすことが出来そうだ。
「何故、お前は変わらない?」
ぼくは隣で平然と座っている人形に視線を向ける。
「私は緊急時でもないのに創造主から頂いた姿を変える気はありません。これは作られた生命の意地です」
よくわからないことを言う。
そんな意地は捨ててしまえと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます