万物を創造する権利

 


 あの二人がなかなか帰ってこないことなど、すっかり忘れてしまったほどの時間がたった頃。


 昼食のサンドイッチをギースから奪い、食後にグリムが大事に食べていたクルミをポリポリと食べていたころに奴らは教室に帰ってきた。


「遅かったな、それでどっちが勝ったんだ?」


 食べ物を奪われて涙目の二人とともに、若干ボロボロになった主席くんに質問をしてみる。


「勝ちも負けもない。一方的に攻撃してくるフルーツを大人しくさせる修行だったからな」


「それで、大人しくなったのか?」


 主席くんの後ろで、心なしか満足そうな顔をしているフルーツにも質問をしてみる。


「ボコボコにしてやりました。……そもそも魔力だけでフルーツと渡り合おうなんて考えが甘いのですよ」


 成程、それで主席くんは疲れているのか。


「魔力だけで戦うと一流の魔法使いでも、三流の魔法使いに簡単に負けるほど弱くなることを知らないのですか? でも安心してください、負わせた傷は全て治しておきましたので」


 前半は主席くんに、後半はぼくに向けた言葉だった。


 別に、ぼくは傷を治してやらなくてもよかったのだが。


「ええい、そんな目で見るな! ギース、グリム、俺も腹が減った。ついてこい」


 主席くんは二人を連れて教室を出ていく。ぼくは利用したことがないが、購買や食堂にでも行ったのだろうか。


「お前さ、なんか主席くんの軽口に怒ってたみたいだけど。本気じゃないってわからないの? 一々暴れられても面倒なんだけど?」


 不良品はいらないのだが。いや、ルシルのものなんだけど。


「いえ、これでもフルーツは人類など比較にならないほどの優秀な頭脳を持ち合わせています。言葉の意味も、そこに宿った感情すらもある程度は理解できると自負しています」


「理解できてないでしょ?」


「理解できています。それゆえにフルーツはあの男に戦いを仕掛けたのですから」


 ふむ、なんだか適当なことを言っているわけでもなさそうだ。


「その根拠は?」


「マスターの、いえお兄ちゃんの言葉です。その言葉には友好的な響きも、親愛的な響きもありませんでした」


 うーん。


「そしてその言葉には嫌悪的な響きも、悪意的な響きもありませんでした。フルーツは人間関係というものをプラスとマイナスだと学びました。お兄ちゃんの言葉が好か悪、どちらかに寄っているのならフルーツは言動の裏を読んだでしょう」


 つまり、簡単に言ってしまえばぼくは主席くん、いやあの三人に何の感情も持っていないと見抜かれていたということか。


「彼らがお兄ちゃんにとって友人、あるいは悪友などならその言葉は照れ隠しや素直ではない言葉だと好意的な受け取り方もできましたが、道端の石ころ程度の存在である以上ただの暴言だと判断しました」


 その判断は、間違っているのか。それとも、正しいのか。


「まあぼくがどうかはともかく、あの三人には悪意はないと思うよ」


 とりあえず、お茶を濁しておく。


「では、お兄ちゃんにとってどういう存在なのですか?」


 はっきりと聞かれてしまったので、ぼくもはっきりと答える。


「別に何でもないよ」


 それは、言葉通りだ。


「敵でも味方でもない、彼ら自身には興味もない。道端の石ころじゃなくて、図書館の本のような存在だよ。近くに置いておくと必要な知識をくれたり、暇をつぶしてくれる」


 ある意味ではとても大切な存在だ。もちろん、必要がなくなるまでは。


「お前にとってのぼくみたいなものだよ。マスターのもとで自由に育てって、つまりはそういうことだろう? ぼくから本の知識のように色々と学んで成長しろって」


 元々はルシルだったようだが、意味は変わらないだろう。


「……いえ、もう少し親密というか。仲良くというか……」


 この人形は何か、不満そうな顔をしているがよくわからない。


「そうなの? まあお前を作ったやつの気持ちなんて知らないから、もしかしたら違うのかもね」


 ぼくは拘ることなく、意見を翻す。


 どちらでも変わらない。今のところ、ぼくはフルーツに興味などないのだから。


「それにしても、お前は剣なんて作れたんだね。凄そうだったよ」


「ええ、お兄ちゃんの評価は正しいです。あの名刀は本来ドラゴンにしか作ることが許されない逸品ですからね」


 うん?


「本来、創造魔法というものには様々な制約があります。特定の職業のものにしか作れなかったり、特定の種族にしか作れなかったり様々ですが、私には万物を創造する権利があるのです」


「権利?」


「ええ、ホムンクルスには作成時に強力な特徴をつけることができます。その種類、あるいは強弱は創作者の能力に依存するのですが、私には万物の創造の権利が付与されているのです」


 なんか凄そうな能力に聞こえるのだが。


「この権利がある以上、私はこの世界に存在するあらゆるものを作ることが出来ます。もっとも、ちゃんと創造魔法を覚えたり、大量の魔力を使ったりしなければ何も作れはしませんけどね」


 なんだ、思ったよりも大したことがない力だ。


 初めはその権利があれば、頭の中で思うだけで凄いものが出てくるようなものだと思ったのに。


 それだけでは何一つ、凄くなどないではないか。

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