感情豊かな人形
あれから恐ろしい論争が始まり、辟易したぼくとフルーツがルシルの主張を認めると、疲れを隠して学院に登校した。
途中で別れたルシルを置いて、ぼくとフルーツは教室に向かう。
よくわからないが、この学院でのフルーツの扱いはルシルの使い魔になるらしい。
だが、何故かぼくの後についてくることになってしまって迷惑している。
ルシルはフルーツをぼくに預けるだけでなく、護衛代わりになってちょうどいいとか言っていた。
全く迷惑なことだ。つまりはぼくの監視役ということだろう。
「あれ? 朝から登校するなんて珍しいね?」
教室の中に入ると、ぼくが唯一魔法使いであると認めた男が声をかけてくる。
「ああ、たまには」
適当に返事を返し、いつもと同じ席に座ると会話は続いていた。
「あの、この子は誰ですか?」
今度はグリムが話しかけてくる。
「フルーツ」
「フルーツ? あの、私はこの子の名前を聞いているんですが」
どいつもこいつも、説明ばかりを求めて面倒だ。
「だから、その人形の名前だよ」
「なるほど、この子は人造生命体、つまりホムンクルスだね? 貯蔵魔力量が人間の魔法使いの平均をはるかに超えている」
流石にギースは察しがいい。
それに、やっぱり一瞥すれば魔力量はわかるものなんだなあ。
「ああ、ルシルのなんだけど押し付けられたんだ」
「へえ?」
二人はフルーツのことを興味深そうに見るが、人形如きにはっきりと反論をされる。
「それは違います。確かに使い魔契約をしているのはお姉ちゃんですが、マスターはお兄ちゃんです。誤解なきように」
「お姉ちゃん? お兄ちゃん?」
「ああ、ルシルが人前ではぼくたちのことをそう呼べって教えたんだ」
何故かぼくまでも呼び方を変えられたが、まあいいだろう。
ぼくらのことを人間のような呼び方をしているほうが、フルーツが敵に警戒されないことが多いだろう。
一応は護衛なんだから、少しでも役に立つほうがいいはずだ。
「へえ、あのルーシー先生がねえ」
「意外だよね」
こうして、少しづつルシルから離れない冷血の仮面が剥がれていくのだろう。
確かに人形に姉と呼ばせるような部分を剣呑に思ったりはしないだろうからな。
グリムがフルーツに興味を持ってしまい、独占してお喋りをしているので、ぼくはギースの魔法使いの格好に対する感想のような愚痴のようなものをずっと聞いていた。
☆
「む? 何故貴様がここにいる?」
二時間目の授業が終わったぐらいに、主席くんが教室に入ってきた。
「遅刻か? 主席ともあろうものが全く情けない」
「貴様に言われたくないわ! どうせ偶然にも早くに目が覚めたのだろう、偉そうに言うな!」
ここぞとばかりに遅刻を責めると、主席くんは吠えた。
「うん、なんだこいつは?」
「こいつはフルーツだ」
「フルーツ? いやこいつは果物ではないだろう?」
どいつもこいつも、ぼくの言葉を真面目に受け止める。
一応は人の形をしているのだから、名前だと直ぐに気づかないものか。
「違いますよ、この子はホムンクルスのフルーツちゃんなんです」
「……成程、名前か。わかりづらい」
「一発でわかるだろう?」
「普通はわかるが、頭がおかしい貴様が言うと混乱する。何か深いものがあるかと、裏を探ってしまうのだ」
失礼な。ぼくは常々常識的な言葉しか使ってないはずだ。
「だが、貴様のような魔力が全くないやつがなぜホムンクルスを連れている? そんな才能はないだろう」
その言葉は、決してぼくを馬鹿にしたような言葉ではなかった。
純粋に疑問に思ったことをそのまま口にしただけ。ただの日常会話だった。
だが……。
「聞き捨てなりませんね」
呟きのような言葉と共に、涼しげな風が吹いた。
金属が何かにぶつかる音がした、どこからかは明白だ。
直ぐ近くにいたはずの主席くんとフルーツが、辺りの机を吹き飛ばし少々離れた位置で対峙していた。
いつの間にか長剣のようなものを持っているフルーツと、右手に赤い光を纏わせている主席くんがそれらをぶつけあっている。
正確にはフルーツの攻撃を主席くんが受け止めていると言えばいいか。
「さっきから聞いていれば、私のお兄ちゃんのことを頭がおかしいだの、才能がないだの」
「なに? 貴様の兄だと?」
「本来はマスターです。ルシル・ホワイミルトの命令によりそう呼んでいるだけです」
「……そうか」
周りにいた生徒とともに、吹き飛ばされた机に紛れて様子を窺っているのだが……。
どうやら主席くんはフルーツに同情している気がする。
どうやらルシルの横暴を憐れんでいるらしい。
まあそうだろう、大した自我を持っていない人形に姉と呼べと自分の意志を強制している。
言ってみれば上司からのパワハラだからな。
「そんなことはどうでもいいです。それよりも私のお兄ちゃんへの暴言を撤回してください。さもなければ……」
「どうする?」
「このまま命をもらいます」
その発言が本気なことは周りにいるぼくらにも窺えた。
この人形は軽口一つにどれだけ怒りを感じているのだ。
「く、はははははは! それは楽しい。自主的な修行だけでは退屈していたところだ。相手をしてやる、付いてこい!」
「いいでしょう、我が創造主の名に懸けてこの世から消し去ってあげます!」
馬鹿が高笑いをしながら窓から飛び降り、人形が後を続いた。
「うーん、何ていうか」
あの人形は怒りの沸点が低すぎると言うか。
「既にぼくなんかよりも人間らしいのでは?」
信憑性があまりにも高そうなぼくの呟きは、誰の耳にも届かずに虚空に消えた。
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