口喧嘩とマスター交代
「さて、大事な要件も終わりましたし。今からはお説教をしましょうか」
「ん?」
なんだか雲行きが怪しくなってきた。
「ムゲン君! ヴィーから全部聞きましたよ! 今までずっとヴィーの家にお世話になっていたそうですね!」
「お、おお」
「それに、ずっと学院を休んでヴィーと二人で遊び惚けていたそうじゃないですか! 私は明日学院でどれだけの回数、頭を下げなくてはいけないんですか!」
「う~ん」
「極めつけには私以外の魔法使いの弟子になったそうですね、一体どういうことですか!」
怒涛の勢いでルシルに怒られると、不条理を感じるのでこちらも言い返す。
「何言ってんだ! 大体お前が全部悪いんだろうが!」
こちらの勢いに押され、ルシルが及び腰になる。
ここは攻撃のチャンスだ、色々とうやむやにしよう。
「家の鍵もないし、ぼくのお金は全部ルシルが管理しているだろう! 一銭もなかったんだから誰かに頼るしかないし、学院長よりはまだヴィーのほうがましだろう!」
「で、でもクイーンからムゲン君が勝手に帰ったと聞かされて……」
「そんなものを信じちゃだめだろう、ぼくはクイーンの都合で動かされたんだ」
さりげなくぼくのマイナス要素をクイーンに押し付ける。
「学院を休んで遊んでいたのも、そういう心の痛みが原因だと思う気もするんだから、他の教師に頭ぐらい下げてくれ」
そんなわけがない、ルシルがいないことによって羽を伸ばしていたのだ。
「他の魔法使いの弟子になったのだって、学院長の陰謀によるところが大きかった。そもそもルシルの魔法は既に四つだか五つぐらい覚えているんだけど全部でいくつあるの?」
あの重症の魔法使いは一つでいいと言ってたのだが。
「そ、そんなの知りません! 全部ムゲン君が悪いんですから!」
仕舞いには、逆切れをしたルシルのほっぺたを抓って涙目にしてやる。
「ご、ごめんなさい~。謝りますから許してください! 逆切れしてごめんなさい!」
よし、全てをうやむやにしてやったと思いながら、さらにほっぺたを抓る手を止めなかった。
「……成程、フルーツは学習しました。マスターは彼の方だったのですね」
どうやら、目の前の人形はこの場での優劣をはっきりと理解したようだった。
☆
ルシルが疲れたので今日は解散にすると宣言し、ぼくらは各々眠りについた。
これならぼくの休日はもう一日増えてくれるかもとこっそりと期待していたのだが、次の日の朝からルシルは完全に元気になっていてげんなりした。
「マスター、これはなんですか?」
「これはテレビというものだ」
朝っぱらからフルーツに質問攻めにされているが、面倒なので全ての答えは表面的にしている。
「あの、マスターは私だと思うんですけど……。それとテレビとは情報を載せた電波を映像などの形で受信するものです。そこまで教えてあげてください」
「面倒」
何故ぼくがそこまで世話をしなければならないのか。
「大体、この人形は基本的な知識を持っているんじゃなかったのか?」
昨日、確かにルシルはそう言っていた。創造主は完璧主義者でマスターによって変動する部分以外の全ては完璧に作られていると。
「そうですね、私は確かにそう聞いています。どういうことですかフルーツ?」
ぼくたちはフルーツに疑問をぶつけてみる。するとなんでもないことのように平坦な声で返答を返した。
「人間の持っている常識というものは決して一定ではなく、そして主観に満ちたものです。それらの平均的な計算は出来ても個々人の計算は出来ません」
つまり、ぼくとルシルの常識は違うということだ。
「フルーツの調整された常識はルーシー・ホワイミルトに合わせられたものでしたが、マスターが変更された以上フルーツに必要な常識は神崎無限のものです」
それはつまり……。
「あの、マスターの変更は確定済みなんですか? せめて、そういう選択肢もあるとか……」
「確定済みです。本来師匠であるはずのルーシー・ホワイミルトよりも、弟子である神崎無限のほうが遥か格上だと言う認識をしましたから」
フルーツはなかなか見る目があるようだ。
「それにルーシー・ホワイミルトよりもマスターの方が、私に有意義な存在だと理解したことも要因の一つです」
有意義?
「私の創造主は、広い世界で一個の生物として生きろと言いました。ですがルーシー・ホワイミルトの傍にいても世界は広くならないと感じていました。その根拠はルーシー・ホワイミルトの個人データです」
「え?」
「ルーシー・ホワイミルトの本質は受動的、保守的なものです。それでは創造主の望みとは乖離してしまいます。それならば私は彼に期待します」
「えっと、まああのですね? それはいいんですけど、毎回フルネームで呼ぶのはやめてくれますか?」
「では? 私のマスターは神崎無限のみですが?」
「じゃあ、お姉ちゃんで」
「マスター、構いませんか?」
「ルシルのことは呼び捨てでいい」
その呼び方は妹が欲しかったのか、ただの好奇心か知らないが。
とりあえず、ルシルの希望を邪魔しておいた。
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