ルシルの帰還
朝から出かけたはずなのに、今はもう夜だった。
魔法を覚えることに何時間もかかったということだ。
今日の出来事で、それ以外の全てはトントン拍子で進んでいたから。
今日は疲れた、魔法を覚えるということは精神的に疲れるものらしい。
いつもとは違った疲れが体に満ちている気分だ。
「ふう……」
家のチャイムを鳴らし、鍵を開けてもらう。
そんな少しの時間が憂鬱だった。
ガチャリと入り口のドアが開き、今日の夕飯はなんだと聞こうとすると……。
「お帰りなさい、ムゲンくん」
最近顔を見ないですんでいた、このまま帰ってこなければいいのになと願っていた人物が目の前にいた。
「ルシル、なんでここにいるの? お前の家は隣だろう」
さも、ぼくはずっとここに住んでいるのであなたとは無関係ですよという態度をとってみた。
するとルシルの眦が吊り上がっていく。
「今まであなたのお世話をヴィーに甘えていましたが、ムゲン君の家は私の家です。さあ、帰りますよ!」
その言葉とともに、ぼくの腕を引っ張られてしまう。
「待て、荷物が……」
「ないでしょう?」
確かにない。
ロンドンに行った時の荷物はずっとルシルに預けっぱなしだったし、学院に帰ってからもルシルの家に鍵がかかっていたので一度も足を踏み入れてはいない。
生活に必要なすべてのものは全てヴィーに用意されていたのである。
ぼくらは隣にあるルシルの家に入っていく。すでに明かりがついていたので、ルシルは既に一度家に帰っていたのだろう。
「お帰りなさいませ、マスター」
すると玄関の辺りに見たこともない少女が立っていた。外見年齢は十三、四ぐらいか。
「はい、帰りました。さあムゲン君。この子に名前を付けてあげてください」
困惑しているぼくに、満面の笑みを浮かべたルシルがそう言った。
☆
「ホムンクルス?」
既に作っておいたのだろう、ルシルの手による夕食を食べながら……。
「はい、名前を考えておいてくださいって言ったでしょう?」
ルシルの語るつまらない苦労話を聞いていた。
「ムゲンくんと別れてから、私はクイーンの指示で世界を回り色々な依頼をこなしていました」
このホムンクルスとやらを拾ってきたのはその依頼の一つでのことらしい。
「あれはどこでしたっけ? 本当に色々と回ったので覚えていないのですが、どこかの国に最高のホムンクルスを作ることを生きがいにした悪い魔法使いがいたのです」
そいつを捕まえたり殺したりしてきたのかと思えば、依頼の最中に仲良くなったらしい。
友人や仲間になるほどではないが、殺したくなるほどの魔法の腕を持っていて感心したのだと。
「その結果、彼女の最高傑作を譲り受けたのです。この子は本当に多機能ですよ!」
なんでも最高の魔法の腕と人間離れした身体能力、人類なんて軽々と超えるほどの知能と真っ白な心を持つらしい。
「なんで真っ白な心? 都合がいい性格のほうが楽なのに」
それは色々と教えていかなければならないということではないのか?
「私もそう思いましたが、製作者の意図なので。なんでも自分の娘を洗脳するなんて有り得ないそうです」
つまり、過度の思い入れを持っているということか。
ぼくからすると理解のできない考えだ。
この子は人間ではないだろう。思い入れが必要なのだろうか?
「それと、今日からこの子も私の弟子にします。妹弟子なので可愛がってあげてくださいね」
「そもそもさ、この子はホムンクルスなのに性別なんてあるの?」
ぼくは目の前に座っているお人形に視線を向ける。
「いえ、人工生命に性別はありません。しかし、この体が女性体として作られていることは一面の事実です。なので解釈はご自由にどうぞ、問題があるのなら製作者に体を交換してもらってください」
その人形は、ぼくの言葉に感情の伺えない言葉でそう答えた。
なんか感情が伺えないのは表情や言葉だけで、既に感情を持っているような気もするが。
「まあ、なんでもいいや。それじゃあぼくはお役御免だな。これでいつでも弟子をやめることができる」
「……引っかかる言葉ですが、そうはなりませんよ。魔法使いにとっての弟子とは人間を指します。認められるのは精々がハーフまででホムンクルスや魔獣、他種族は全て魔法社会には認めてもらえません」
「……じゃあ、なんで弟子にするの?」
それでは何の価値もない。
「製作者との約束でして、この子は人間と同じように育てると」
余計な約束をしないでほしい。ぼくがそんな条件を付けられたらその場でいらないと言いそうだ。
「まあ、この子のことは追々でいいでしょう。それよりも名前を……」
ルシルが期待した目でぼくを見る。
何でも今朝かかってきた電話は今日帰ってくるということと、人形の名前を考えてほしいということだったみたいだ。
「あ~、フルーツ」
「え?」
夕食を食べ終わり、何か果物が食べたくなった。
でも果物だったらなんでも良くて、これという好きなものがあるわけじゃないから。
「フルーツって名前がいいだろう? 可愛いじゃないか」
デザートでもいいのだが。
「そ、うですね。とても可愛い名前だと思います。やっぱりムゲン君にはセンスがありますね、お願いして正解でした!」
無邪気に喜んでいるルシルとは対照的に、目の前に座っている人形の無機質な視線が怖い。
コイツ、その高い知能とやらで本当のことを見抜いているのではあるまいな。
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