価値

 


「これで無限君はアローン先生の弟子にもなったことになるね。曲がりなりにも魔法を教えてもらったんだから。アローン先生もこれからは無限君のことを守ってあげるようにね。あ、これは厳命だから」


 死にかけのアローン先生とやらから二つの魔法を教わり、しっかりと習得し帰ろうとすると学院長がそう言った。


 成程、これは弟子になったという意味も持つらしい。


 まあ、どうでもいいことだが。


 学院長とともに外に出て、ヴィーの家に戻る。


 危ないからと送ってくれるようだ。


 まったく迷惑極まりない。


「いやあ、色々ともらえてよかったねえ」


 ほわほわとした学院長の発言。


 奪った成果は数知らずだったのでぼくが一人で持ち帰ることなど出来ず、その全てを学院長の部下がルシルの家にまで届けてくれるらしい。


「ね、私の手紙通り美味しい結果になっただろう? これだけの成果なら上手く運用すれば人生二回は遊んで暮らせるよ。アローン先生は本当に優秀な魔法使いだからねえ」


 優秀な魔法使いから財産を根こそぎ奪ったやつがぬけぬけと褒めている。


「無限君、ちゃんと覚えておいたほうがいいよ。これからも君のもとに自分の魔法を覚えてほしいという魔法使いは星の数ほどやってくるだろう。でも、君が誰かから魔法を教わるということは、その人物の弟子になることだ。つまりは君はこれから星の数ほどの魔法使いの弟子になるということだ」


「面倒なことだ。深く聞いたことがなかったけど、誰かの弟子になると何か悪いことってあるのか?」


「それはあるよ。魔法社会は縦社会だ、基本的に弟子は師匠に絶対服従で逆らうことなんて許されない。逆らってしまうとその場で殺されたり、魔法社会そのものから追放されたりする」


 厳しい世の中だ。


 それでも普通の弟子たちは魔法を教えてもらうためなら、そのぐらいのことを我慢するのだろう。


「でも無限君にはたくさんの師匠が出来ることになるからねえ。一人の独断で君を殺してしまえば他の師匠たちに殺されてしまうだろうし、魔法社会からの追放って言ってもねえ?」


 まあ、そうだ。もともと普通の社会で一般人として生きてきた身である。


 それに魔法が使えないのだから、魔法社会に属したいなんてなかなか思えない。


「大丈夫だよ、君は特別だ。私なんて何の関係もなくその価値がわかれば誰にでも守ってもらえる」


「なんで?」


「魔法を覚えるということには大きなリスクがある。でも魔法使いにとってもっとも価値がある存在は自分の魔法を継いでくれるものだからさ」


 それは、何度か説明された言葉。


「どんな魔法でも覚えることが出来て、どれだけの数でも覚えることが出来る君の才能は魔法社会、いや人類史が始まって以来の最高の才能だよ」


「それは言い過ぎだろう。魔法を覚えることなんて一般人にとっては価値がない」


 正確には価値がわからない。


「そんなことはないさ、私は差別的な言葉が好きじゃないけど普通社会と魔法社会、どちらが上かと言ったら確実に魔法社会だからね。優れた文明には大きな価値があるけれど、例えば私なら一日で滅ぼすことが出来るだろう」


 そうだろう、普通の社会では数が物を言うが。


 魔法社会では質が物を言う。


 何億の人間が力を合わせて頑張っても、一人の優秀な存在には勝てないという仕組みを持っていることがよくわかる。


「極端な話になってしまうかもしれないが、魔法社会で最も価値がある存在が人類の中で一番の価値を持つものになるのさ」


「ふーん」


「とにかく、魔法使いなら君の価値がわからない奴はいない。人間は利益で動く動物だからね、最も利益を生む君のことは無条件で守ってくれるだろう。それは私のように自分の魔法を次代に残すことに興味がない人間も例外じゃない」


「じゃあ、あんたは何に価値を感じるんだ?」


「私は自分が良ければいい。自分が楽しければいい、自分が強ければいいのさ」


 らしい言葉だ。


「だからなにがあっても君を守る。私が楽しく生きるのに君の存在は不可欠だからね」


 つまり、ぼくはこいつの玩具なのか?


「そういう意味じゃない。君のことが大事だと言う意味さ。おそらくはルーシー先生も同じだろう」


 学院長は苦笑しながらぼくの頭を撫でる。鬱陶しいのでその手を払ってやったが。


「気安く触るな」


「ひどいな、まあとにかくだ。君は自分が弱いとか、魔法社会がつまらないとか思っているかもしれないが、その唯一無二の才能を上手く使えばこの世界は君にとって楽しいだけの箱庭になるだろう」


 まあ、ぼくもそんな気がするが。


「もっと楽しむといい。君は無茶なことをするけど、少しばかり物事を難しく考えすぎる。もっと気楽でいいんだ」


 難しく物事を考えるのは性分だ。そうしなければこの世界には命の危険が多すぎる。


「この世の全ての人間は玩具で、こき使ってやるだけの存在だと思うといいさ」


 気が付けばヴィーの家の前に着いていた。


 言いたいことだけを言って、学院長はどこかに去っていった。


 あの男は一つだけ勘違いしている。


 魔法なんてものがあろうがなかろうが、ぼくにとってこの世界は楽しいだけの箱庭だ。


 いつだって自由に生きてきたと思っている。


 ……ただ、いつだって見つからないだけに過ぎない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る