根こそぎ
ぼくのはっきりとした態度によって、場の空気が一変する。
「僕はこの学院の教師だよ、それに何人もの弟子を持った魔法使いでもある」
「だから?」
「人間の寿命を超えてこの世に存在し、様々な功績を残してもいる」
「で?」
「君のような一般生徒との格の差は明らかだ。本来なら例え僕が正常な状態だったとしても、命令に逆らうことなんて出来ないほどなんだよ?」
「知ったことか。ぼくの価値はぼくが決める。あんたの願いなんて聞く必要はどこにもない」
ぼくが変わらぬ意思を伝えると、隣に立っていた弟子の女性がどこかに隠していたナイフをぼくの首筋に突きつける。
「命令が聞けないというのなら、学院を退学になってもらうことも、今ここで僕よりも先に死んでもらうことも出来るんだよ? 死にゆく僕に捧げられる命になってもらうのも悪くない」
「やってみろよ」
ぼくはふっと息を吐き、挑戦的な視線を送る。
「君に学院長との縁があるからって、僕が遠慮すると思ったら大間違いだよ? 将来有望な学生より既に大きな結果を残している僕のことを優先するだろう」
「やってみろって言ってるだろう?」
理不尽を許す気はない。
たとえここで殺されたってそれはそれ。元々命なんてものに大した執着もない。
生と死は等価値だ。
「……、わかったよ。どうやら本気みたいだ」
死にかけの男は、視線で弟子の腕を下ろさせる。
「何を代価にすれば、君は僕の願いを聞いてくれる?」
「脅しや脅迫をするようなクズと取引をする気なんてない。ぼくは帰らせてもらうよ」
立場や、年齢がどれだけの優劣になると言うのか。
少なくても嫌なものは嫌という気持ちが変わるほどのものには成りえない。
「……待ってくれ!」
ぼくが一点の曇りもなく本気で病室から出ようとすると、今までよりも遥かに大きな声で呼び止められる。
「今までの態度は謝罪するよ。僕の言葉を聞いてくれないか?」
☆
悔しそうな気持ち、屈辱に煮えたぎっているような感情を込めたような言葉に、ぼくはようやく足を止め振り向く。
「その、どうすれば僕の願いを聞いてもらえるのだろうか?」
「知らないよ。それに面倒だからな断らせてもらう」
もう色々とどうでもよくなった。早く戻って寝ることにする。
「まあまあ、そんなことを言わずに」
ぼくがはっきりと願いを断っていると、新しく病室に入ってくる男がいた。
「が、学院長」
「やあ、どうなったかなアローンくん? 無限くんにお願いをしてみたかな?」
ぼくの眼の前には、仮にも学院を守るために大怪我をしてしまった男に対し、軽い雰囲気で声をかける人でなしがいた。
すると、いかにも状況が一変したと言わんばかりに重症の男が学院長に訴えかける。
「き、聞いてください学院長。あなたが紹介をしてくれたこの生徒が……」
「ああ、無限君は割と凄い子でね。世界最高の魔法使いであるルーシー先生の弟子で、わたしの養子になるかもしれない子なんだ。本人も凄い才能を秘めているし、この私がこの世でもっとも溺愛しているんだ。失礼のないようにね」
「で、溺愛ですか?」
「そうだよ。私は何があってもどんなことがあってもこの子の味方だし、この子をいじめる者がいたらどんな立場の誰だって、皆殺しにしてもいいとすら思っているよ」
学院長は笑いながら語るが、この場にいる全員がその本気さを窺えた。
「ところで、話はどうなったのか聞かせてもらってもいいかな? 気になっていたんだ」
「い、今が話の佳境でして! 彼の望むものなら全てを代価として渡すので、僕の願いを叶えてほしいとお願いしていたところです!はい!」
「そうなのかい? ふーん、私はてっきり立場を使って無限君に何かを強要しているかと思っていたよ。その場合は少しばかり酷い目に遭ってもらうのも止む無しだと。勿論ルーシー先生も呼んでね」
「大丈夫です、大丈夫です! そんなことはしていませんから。ね、ね?」
死にかけのアローン先生は、違う意味でも死にかけになりながらぼくに必死に訴えてくる。
うーん、これは大きな弱みを握ることになりそうなので、ぼくは話を合わせることにした。
「ああ」
「そ、そういうことなので……」
「でもぼくは魔法社会に疎くてね。どんなものに価値があるかとかわからないんだ。教えてくれないか?」
ぼくは、すかさず学院長を利用する。
「うん、かまわないよ。アローン先生は魔道具学の権威でね。覚えている魔法は大したことがないし、無限君がお金に困ることはないと思うからね。貴重な魔道具を全部もらえばいいんじゃないかな?」
「ぜ、全部ですか?」
死にかけの男の声が引きつる。
「そうだよ、それと今までの研究成果も全部譲ってもらうといいよ。どうせ寿命が短いのならもう必要がないだろう? 君の弟子たちは自主性が強すぎて師匠の成果を欲しがらないのも有名だし」
「で、ですがそれは彼には使い道などないのでは? まだ学生ですし」
「なあに、ルーシー先生に預ければいいさ。彼女なら上手く使ってくれる」
「え、えと……」
「あとは色々な有名な魔法使いとのコネとか……」
「ま、待ってください! 流石にそれ以上は、どうか……」
根こそぎ奪ってしまおうとする学院長の手腕。
それは病室の外で、ぼくらの話を聞いていたのではないかと思うほどの恐ろしさを持っていた。
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