死を目前にした男の頼み

 


 その病室の中は、少し薄暗かった。


「……やあ、よく来てくれたね」


 大きめの個室の中に、大きめのベッドが一つある。


「急に呼び出して、悪かった」


 そこに横たわっている男の形は歪だった。


「僕は魔道具学の教師、アローンだ。よろしくね」


 布団に隠れているが、その盛り上がり方でよくわかる。右腕と両足がなく、目に見える範囲の大体の部分には包帯が巻かれている。


 一目で重症者だと分かる姿だ。それに……。


「ああ、よろしく」


 極め付きには、体の一部が石化しているようだ。



 ☆



「それで、何の用だ?」


 まあ、そんなことはどうだっていい。


 別にぼくがその怪我に同情したら治るわけでもないし、そもそもここは危険な学校だってわかっているので同情なんてしない。


 怪我をしたくなければ戦わなければいい。


「……実は、君に頼みごとがあってね。うん、僕の魔法を継いでほしい」


 また、唐突な頼みだ。


「……魔法使いは自分の魔法を次代に繋げることを最上の目的とする。それは知っているよね?」


「ああ」


 それぐらいしか知らないが。


「……僕は二百年ほど生きたが、その中で九人の弟子に恵まれた。だが、そこにいる彼女を除いて全員が死んでしまったんだ。彼らは僕の魔法を継いでくれてこれでお役御免だと、自由に生きることが許されると思っていたんだがね」


 弟子が死んだことで、自分が負うべき責務が戻ってきてしまったという。


「四人は自らの器を図り間違えて、魔法の習得に失敗して死んでしまった。そして四人は魔法使いの戦争に参加して、戦死した。僕に残された弟子は彼女だけなんだけど、まだ半人前で僕の魔法を受け継ぐほどの実力がないんだ」


 魔力量は修行により変動するらしいと聞いた。


 もっともっと修行をすれば魔法を継げるということなのだろう。


「だが、僕の命は風前の灯だ。今のうちに誰かに魔法を継いでもらわなければ、僕の家の歴史は途絶えるかもしれない」


「よくわからないんだが、何で傷が治らないんだ?」


 この場所は一般人の世界ではなく、魔法使いの世界だ。


 回復魔法とかはないのか?


「今回、学園を襲ってきた魔物は少々特殊だったみたいでね。攻撃と同時に呪いをかけるタイプだったんだ」


「ほう」


 それは、石化の部分のことだろうか。


「ご明察、この病院の医者は優秀だからね。手足がなくなってもきっちりと再生してくれるレベルの魔法を使える。でも、呪われている状態の生物に回復魔法は使えないのさ」


「なら、石化の呪いを解けばいい」


「呪いを解くのは簡単じゃない。時間がかかるんだよ、僕の場合だと解呪までに一年はかかる」


 それは大変だな。


「でも、一年が経てばちゃんと治るんだろう? 問題ないな」


「問題は、この状態で僕の命が一年間も持つのかということさ」


 まあ、どう見ても死にかけだからな。


ぼくじゃなくても、明日死ぬと言われても驚かないだろう。


「一年間毎日解呪の魔法をかけてもらわなければならないから、僕の時間を止めたりすることも出来なくてね。大変なんだ」


 つまり、丸々一年間という時間が過ぎないと駄目だということだな。


「こういう時にこそルシルや学院長に頼ったらどうなんだ? 凄い魔法使いなんだろう?」


「凄い魔法使いだからこそ頼れないのさ。彼らはとても忙しい、軽率に魔法を使うことをすら咎められるぐらいの人たちだからね」


 ルシルはわからないこともないが、あの学院長もか?


「……彼はそもそも、治療の魔法が得意ではないからね。おそらくは僕の怪我を治すことが出来ないんじゃないかな?」


 肝心な時に役に立たない男だ。


「しっかりとした治療を受けても僕の怪我は一年間、決して治ることはないだろう。それまでに死んでしまう可能性は決して低くないんだ」


 そうだろうなあ、こうやって眺めているだけでも痛そうだものな。


「だから、君に僕の魔法を継いでほしいんだ」


「……」


 当然の思考と言えば当然の思考だろう。


「死が近づいている年寄りの頼み、聞いてくれるね?」


 この男は当然のように、ぼくにそんな質問をする。だが……。


「お断りだね」



 ☆



 あまりの衝撃故にか、茫然としている男にぼくは続ける。


「大怪我をしたから? 死にそうだから頼みを聞いてもらえる? 甘えるなよ」


 今だって世界中でたくさんの人間が死んでいる。


 予定調和のように死ねる人間もいるだろうが、死というものは基本的に理不尽に訪れるものだ。


 最後の願い、どうしようもないほどの未練なんてものは叶わないのが当然だ。


 それでも、人は受け入れて死んでいく。


 それなのに、たまたま少しだけ命が残っているから。


 たまたま、願いを叶えることが出来る人間が近くにいたからって。


 無条件で、人の善意によって願いが叶うと思ったら有り得ないほどの勘違いだ。


「あんたが死にかけでも、どれだけ不幸でも、世の中が理不尽でも」


 赤の他人が理不尽な願いを叶えてくれるわけがない。


「このぼくが願いを叶えてやる理由になるわけがないんだよ」


 そう、こんなことは当たり前のことだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る