興味深い招待状
そもそもの話だが、この家はぼくの家ではない。
……厳密にはぼくの家なんてものは生まれた時から一つもないのだが。
物心ついた時には親戚の家、その次は実家という名の他人の家、ルシルの家、他にも色々な場所に住んだことがあるが、その全てが仮宿で……。
つまり何が言いたいかというと、ここはヴィーの家なのだからぼくが来客を迎えるのは間違っているのでは?
一瞬だけそんなことが頭によぎったが、まあいいかと思い玄関のドアを開けた。
別にぼくは困らない。
「どちらさま?」
知らなくて当然なのかもしれないが、やはり知らない人間が目の前に立っていた。
ぼくよりも、そしてヴィーよりも年上に見える女性。
いや、外見年齢はヴィーと大差ないのだがその内側はまるで三十代、四十代、もしくはそれ以上の年齢ではないかと思える雰囲気を纏っている。
「君が無限くんですか?」
「はあ、多分」
とりあえず名前は正しい。
「学院長の紹介で来ました。私の師匠がどうしてもあなたに会いたいと言っているので、ついてきてください」
「断る」
あまりにも端的な要望を、あまりにも端的に否定する。
「学院長の紹介だと言いましたよね? 逆らってもいいのですか?」
「知ったことか」
あの男が紹介したからなんだと言うのか。
どれだけ偉いか知らないが、ぼくには関係がないことだ。
命令に逆らうなら出てけと言われても、別に何の問題もない。
困るのはなんの義理もない実家の奴らだけだ。
「……はあ、ではこれを読んでください」
目の前にいる女性に一通の封筒を渡される。
その表面に思いっきり紹介状と書かれている封筒を破り捨てると、中を見てみた。
いいことあると思うよ。
たったそれだけが書いてあり、つい興味が惹かれてしまった。
「じゃあ、行こうか」
「……現金な子ですね。本当にこんな子供に師匠を救うことが出来るのでしょうか?」
ブツブツと呟いている女性に続き、ぼくは外に出た。
☆
「ここはどこだ?」
しばらくの間適当に歩くと、見たこともない風景が目の前に広がった。
「……あの、私はこの学院の卒業生ですが外部の人間です。そんな私から説明を聞きたいですか?」
「よろしく」
知らないものは知らないのであり、別に誰から説明されても問題はないのである。
「ここは学院の校舎から少々離れた位置にある、保健室です」
ため息を吐かれながら説明されるが、どう見てもそんな規模ではなく日本の大学病院ぐらいの大きさなのだが。
「ここには学院の生徒や教師、依頼を受けに来る外部の魔法使い、人間に友好的な他種族、そして山の中にあるいくつかの街や村の人間が利用する病院なのです。それゆえにこれだけの大きさが必要になります」
「この山ってそんなに大きかったっけ?」
「外から見ればたいした大きさの山ではないです。でもそれは結界によって隠されているだけで、実際には小国程度の敷地を持っています。とてもその全ての人間をこの保健室で受け入れきれないので、受け入れるのはあくまでも一部です」
なんでも有りすぎてよくわからないが、色々な物語で聞いたことがあるような話ではある。
「あなたが保健室の存在に気付かなかったのは結界のせいですね。敵に攻撃されないように一定距離に近づかなくては気づけないようになっているんです」
「敵って?」
「それは個々人の解釈によります。一部の人間に敵対的な種族を敵とするか、人間以外の全ての種族は敵とするか、それとも敵意を持っているのなら人間でも敵なのか」
「つまり、同じ人間が襲ってくることもあるってことか」
ありがちだな。
「この山の全ての建物には命を守る結界が張ってありますが、その効果は千差万別ですね。例えて言えば校舎などには敵をおびき寄せるような要素が含まれていますし、保健室には絶対に被害が出ないような仕組みになっていると聞いたことがあります。……具体的には知りませんが」
「面白い話だ」
この学院のことを説明されると、全てのことに遊び心が満ちている。
だが、それは全ての命を玩具程度にしか思っていない存在の遊び心だ。
住んでいる人間には楽しんでいるか、絶望しているかの二種類の感情しか感じることが出来ないかもしれないほどに。
「一階の、一番奥の部屋です」
そこに、ぼくに用がある人間がいるらしい。なにがぼくを待っているというのか。
「しかし、あなたは何も聞かないのですね?」
「うん?」
「あなたはこの場所に来る間、私の名前も、何の用件なのかも一言も尋ねてきませんでした。聞いたのはこの学院に通う人間ならだれでも知っているような些細なことだけ。……得体のしれないものに恐怖はないのですか?」
「さあ……、ただ先に内容を聞いたらつまらないだろう?」
ネタバレは時と場合による。
漫画や小説なら許せるが、リアルな未知は逃したくない楽しさを秘めている。
「もし死んでもそれはそれだろう?」
楽しいのなら、それは有りだ。どうせ生きるのも死ぬのも似たようなものだし。
ぼくの本音に、目の前の女性は絶句しているように見えた。
全く、とても失礼な話だ。
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