帰ってきてしまう予兆

 


 今回の魔物襲来による被害。


 教師。六名重症、軽傷八名。


 生徒。死者三人、重傷者十人、軽傷者残り全て。


 これはあくまでも参戦した人間に限り、最初から戦闘に不参加だったものには一切の被害なし。


 建物や庭などはほぼ全壊したが、魔法により完全に治った。


 生徒はあくまでも自由参加だが、教師は例外を除いて全員が強制参加を求められる。


 例外に適応されるのは完全非戦闘員数名と切り札であるヴィー、あとは学院外に出ている教師のみ。


 学院長の参加は魔物の襲来による攻撃で学院が全滅すると判断されたとき、あるいは……。


 きまぐれに戦いたいと思う時だけらしい。



 ☆



「あの男は本当にろくでもないなあ」


 朝っぱらから今回の詳細を聞いた感想は、主に学院長の非道さについてだった。


「確かにねえ、むーくんの義理の父親に相応しいかもしれない」


 あまりにもあんまりなヴィーの言葉に、ぼくはこの世の全ての言葉を使ってでも反論をしてやりたいと思ったが、面倒なのでやめた。


 真実はぼくだけがわかっていればいい。……どちらが真実かはわからないが。


「まあいいや、今日も朝っぱらからお前に叩き起こされたからね。たまには真面目に学院に行こうかな」


 直ぐに寝なおせば問題はないが、グダグダとつまらない話を聞かされたせいですっかりと目が覚めた。


 今は朝食後の紅茶を飲み、ぼくとヴィーはのんびりとお喋りをしている。


 ヴィーの弟子共は朝から家事を頑張っているようだ。


「まあでも、いつもはこの三分の一程度の被害なんだよ。今回はあくまでも平和ボケが被害を増やした原因だ」


 こんな危険な学院では平和や安全も善し悪しだということだな。


 たった一人の教師がいないだけで三倍の被害が出るのだから。


「そういえばルシルが帰ってこないな」


「忙しいんだろうねえ」


 ぼくらは気楽にルシルについて語っているが、鬼の居ぬ間に随分と好き勝手しているので少々怯えていたりする。


 このまま帰ってこなければ楽でいいのに。


「それを本人に言ってしまったら泣かれると思うけどねえ」


「いいよ、未来のことは考えても面倒だ。そろそろ学院に行こう」


 たまには遅刻を気にせずゆったりと登校したい。


 まあ、気にしたことはないのだが。


「ああ、むーくんはお休みだよ」


 立ち上がろうとしたぼくをヴィーの言葉が縫い留めてしまう。


「なんで?」


「今日はお客さんが来るからねえ。二度手間はよくないだろう?」


 別にぼくが二度手間になるわけじゃないんだから、かまわない。


「まあまあ、目的地はこの家からのほうが近いよ」


「……誰が来るんだ?」


「さあ、わたしは誰からも話を聞いていないからねえ」


 つまり、ヴィーの右目だか左目だかで未来を見たということか。


「とにかく、むーくんは家にいるようにね」



 ☆



 勝手なことばかりを言ってヴィーは弟子たちと学院に行った。


 具体的なことを一つたりとも語らなかったのでいつ、どこで、だれが、なにをするのかの全てがわからない。


 少しだけ考えてみたが心当たりがなさ過ぎて諦めた。


 ぼんやりと人の家のテレビをつけるとニュースが流れている。


 音楽代わりにして、ヴィーから借りた漫画を読み始めた。


 弟子であるアイラは漫画が好きで、ジェスは小説が好きなのだと。


 たくさん持っているらしく、ヴィーも時々読んでいるらしい。


 いいことを知ったのでこれから退屈になったとき、漫画喫茶の代わりに遊びに行こうと思う。


 きっと喜んで迎えてくれるだろう。


 数ページほどを読み進めていると、机に置いておいたスマホに着信が来た。


 これがヴィーの言ってた客かとも思ったが、電話ならぼくがどこにいても問題がないはずなので違うと判断する。


「こんな朝っぱらから誰だよ?」


 着信元を確認すると、その名前はルシルだった。


「……」


 見なかったことにして漫画を読み進めるが、いつまでも着信音が止まらない。


 しばらくして留守電に切り替わり、これで一安心かと思うとメールの着信が鳴った。


 ラインではないので確認しても問題ないと思い、開いてみると……。


「ぶっ殺しますよ?」


 と書かれている。そしてもう一度着信音が鳴り響く。


「……今殺されるか、後で殺されるかだな」


 出来る事なら精一杯後にしてほしいので、ぼくは諦めて電話に出た。


「……もしもし」


「お久しぶりですね、ムゲンくん。元気にしてましたか?」


 不自然な部分が一切存在しないような、いつものルシルの声。


「今、元気がなくなった」


「そうですか、ところで……か……それで……ます」


 全然何を言っているかわからない。


「何言っているの?」


「あ……で……すよ」


 本当にわからない。


「何を言っているかわからないから切るね」


 ぼくは思いっきり通話を切るとついでにスマホの電源を落とした。


 まったく無駄な時間を過ごした。


 安心していると、今度はチャイムの音が鳴った。


 今度こそヴィーの言っていた客なのかもしれない。

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