シナモン・ベイカーの基本的な性格
「それで、貴様は何故遅刻をしているのだ?」
主席くんに便乗して階段を登り終わると、そんな質問をされる。
「決まってるだろう? 寝坊だよ」
「自慢げに言うな!」
「嘘だよ。今までは散歩してたんだ。それに飽きたから学院に来た」
「より悪いわ! 貴様はこの学院をなんだと思っている!」
主席くんは、不思議なことに何故か怒っている。
「なんだって、暇つぶしの場所? 遊び場?」
残念ながらそれ以上の表現は思いつかない。
「なんだとお!」
「なんだよ、じゃあこの学院がなんだってんだ?」
「この学院は世界一優秀な生徒が集まる魔法学院だ! 世界最強の魔法使いが理事長を務め、教師ですらあっさりと死んでしまうほどの、SSSランクの危険度を誇る代わりに、魔法社会で有望な魔法使いを輩出する超名門校なのだ!」
「へえ」
だから?としか言いようがない。
が、腑に落ちたこともある。
確かにルシルやあの学院長が所属するに相応しい学校だということだ。
「そんな学院を遊び場だと? ふざけるのも大概にしろ!」
「そんなの知らないよ、お前たちにとってこの学院がどれだけご立派な場所だとしても、ぼくにはなんの価値もない場所だ。一々自分の価値観を押し付けるな」
「……ほう、なら貴様は何故この学院に所属している? なんの価値もないんだろう?」
「色々あるんだよ」
「だから、それはなんだ?」
「初対面の人間に話す気はない」
ぼくは少し顔を伏せながら答えた。
こういう真面目な人間にはこういう言い方が効果的だ。
今は警戒しているが、もっと仲良くなったら教えてやる。
そういう風に聞こえているだろう。
深い事情がありそうで、プライベートなことだろうと予測が出来る言葉を聞かされると、踏み込むことを躊躇する。
いつかまた機会があったら答えてもらえるだろうと淡い期待を抱きながら。
「む、そうか。貴様にも色々とあるのだな」
僅かな時間の会話で、ある程度のことが推察される。
主席くんは貴族のか、個人のかはわからないがとてもプライドが高い。
高圧的な態度と、主導権を取ろうとする言動がその根拠だ。
だが、それと同時に面倒見の良さや先人への敬意も感じる。
つまりとても真面目であり、善良な人間なのだろう。
この学院に来て初めて出会う人種だ。
この学院に所属する全ての生物は、基本的に悪い奴らだ。
ルシルのような奴でも、その心には強い闇が潜んでいることがよくわかる。
この男は真っすぐに生きてきて、そしてまだ折れたことがないのだろう。
家柄が良く、才能に溢れていて努力を怠っていない。
そんな人間にはありがちな性格だと言える。
もう数年もすれば普通の人間に堕ちるだろうが、それでもこの学院では貴重な存在だろう。
言っては悪いが、それでもこの男の善良さはただの運の良さに過ぎないと思う。
とてもではないが、本当の困難を経験しても善良であれるほどの強さを持つようには見えないのだから。
☆
うん、この主席くんには興味が惹かれないな。むしろとっとと距離を置きたい。
この出会いはおそらく失敗だった。もう既に手遅れだと確信しているが、それでも抵抗したいと思う。
「じゃあ、ぼくはこれで」
手を挙げながら道を分かれる。これで縁が途切れるといいのだが。
「待て、どこへ行く?」
「自分のクラスに決まっているだろう?」
「どこのクラスだ?」
「A」
「やはり同じクラスか。気づかなかったな」
当たり前だろう、ぼくはまだ数日程度しか学校に来たことがない。
「ならば行くぞ、こっちだ」
無理やり腕を引かれて連れて行かれる。
「ところで、主席くんはなんで遅刻したんだ?」
ぐちぐちと文句を言われた仕返しに、ぼくも質問をしてみる。
「うむ、俺はこの学院に二週間通い、ある法則に気づいた」
「成程、それは凄いな」
「内容を聞かんか! ……この学院の授業は進むほどに難しく、自分のためになる授業になるのだ」
一時間目より二時間目。午前中の授業より午後の授業の方が大変な授業だと言いたいらしい。
だったらこれからは朝から学院に通い、昼には帰ることにしたいが。
駄目だな、朝は起きれない。
「それで?」
「俺は朝のくだらない授業を二時間ほど欠席して、自主的に修行の時間にしているのだ」
「成程、授業をさぼっているのか……」
「人聞きの悪いことを言うな! ……ふん、今更魔法社会の歴史や一般社会の事情を聴かされるよりも少しでも魔力量を増やしたり、魔法の威力を上げることに時間を使うべきだろう」
「いや、学院はそういうつまらないことを必要だと思っているんだから。それを放棄することはさぼるってことだろう?」
「さて、教室に入るとするか」
主席くんが話を逸らすのを無視しながら、ぼくは確信する。
遅刻した理由を聞いたのが決定的だった。
この真面目で、善良で、正義感の強い男と関わると大変なことになる。
おそらくは……。
まあいいか。それはそれで楽しそうだ。
結局のところ、ぼくを変えることなど誰にも出来ないのだから。
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