第一章 魔法学院の常識編
お別れ
その日は、暗かった。
今日初めて知ったのだが、今年度の学院が始まってからの短い時間で、既に三人の教師が死んでいるらしい。
死因は様々だが、危険区域に入ってしまった生徒を助けるために死んだ者もいる。
そういう自己犠牲的行動が全ての理由とは言わないが、少なくても教師達が死んだことで悲しむやつは多かった。
下級クラス、魔法の才能に乏しい生徒にその比率は多かったが……。
それでも、上級クラスの生徒や教師陣にも悲しい顔をしている人間は多かった。
悲しんでいる奴らには人間以外にも、妖精や鬼なども少数だがいた。
学院の代表者であるはずの理事長ではなく、校長が教師たちの簡単なプロフィールを語り、その功績を語ったあと。
その場にいる全ての人間で黙祷を捧げると、集会は終わった。
死体は既に実家に送られているらしい。
三人の教師との最後の別れは、ただの言葉だけで終わってしまったのだ。
その事実に愕然とする生徒の数も、やはり少なくはない。
その亡骸を直接見て、お別れをしたかったのだろう。
ぼくの周り、新入生たちは教師たちの死にあまり悲しんではいない。
当然だ、ぼくたちはまだ学院に入学したばかりで教師との付き合いなんて無いに等しい。
悲しんでいるのは上級生たちだった。
その姿を見ていると、やはりこの集会は正解だったのだろうと思う。
死者との別れは曖昧にしてはならない。
そうでなければ、現実が思い出に負けてしまうから。
☆
まあ教師たちの死が悲しい奴は多かったみたいだが、別にぼくは悲しくない。
暗い日が終わると、次の日からまたゆっくりと家でゆっくりする日々が始まる。
そう思っていたのだが、そうはいかなかった。
流石にヴィーの奴が忙しくなってしまい、これでようやく眠ってばかりいる穏やかな日々が始まると思ったのだが、そんなものには二日で飽きてしまった。
それになんとなく、いつも一人で騒がしかったヴィーがいなくなったことによって退屈になった。
学院の中を散歩してみたが、今日に限っては面白い何かが現れることもない。
ぼくは刺激を求めて久しぶりに学院に登校することにした。
☆
「はあ」
とは言っても、現在時刻は午前十時半。
とっくに学院は始まっているのだった。
別に明日からにしてもいいのだが、一度決めた以上は予定を変える気がない。
ぼくは制服を着てのんびりと学院の中に入っていくのだが、そこであることを思い出す。
「この階段があったな」
物凄く大きいし、二階に上がるはずなのに四階に上がれるほどの長さの階段。
理事長に言って破壊してほしいほどの、嫌なものだ。
この階段を作ったやつは何が目的だったのだろう。
一々魔法を使って階段を登らせたかったのか、ただの嫌がらせか。
「ああ、もう帰ろうかな」
本気でそう思っていると、足音と人の気配を感じた。
後ろから一人の生徒が来る。
これはチャンスだと思った。
その男は目の前にいるぼくなんかには目もくれず、何らかの呪文を口にすると体を浮かし飛んでいこうとしている。
ぼくはその前に肩を掴んで動きを止めてやった。
「な、なにをする?」
「ぼくも連れてってくれ」
「なんだと? 階段ぐらい自分で登れ! 確かに自力で歩くには辛い高さだが、魔法を使えば何の苦もないはずだ!」
「ぼくは魔法が使えないんだよ」
「はあ?」
そこでようやく、その男は魔法を止めて地面に足をつけた。
「馬鹿を言うな。魔法を使えないやつがこの学院に入学できるわけないだろう!」
「出来たんだから仕方ないだろう? グダグダ言ってないで早くしてくれ」
「なんて態度のでかい奴だ。……うん? お前は新入生か?」
「そうだよ、ピカピカの一年生だ」
疑問に答えてやると、ため息をつかれた。
「ならば仕方ないな。今年の学年主席として同じ新入生を放っておくことはできない」
「へえ」
そうなんだ。
「なんだその顔は? 俺のことを知らぬわけではあるまい?」
「ああ。授業に遅刻しているのに堂々としている恥知らずだってことはわかってる」
「人のことを言えるのか! お前の方が遥かに余裕があるではないか! ……そういうことではなく、……俺の名を知っているな?」
「知らん」
「き、貴様! 俺の名はシナモン・ベイカー、学年主席で名門貴族ベイカー家の次期当主だ!」
「そうか」
どうでもいい情報を有り難う。
「自己紹介は終わったか? なら早くしてくれ」
他人の話はいつも退屈だ。
「き、さ、ま! とことん俺を舐めているな! お前も名乗れ!」
「面倒な奴だな、神崎無限だよ。もういいだろう?」
ぼくが名乗ると、少し驚いた顔をされる。
「なに? お前が世界最強の魔法使い、ルーシー・ホワイミルトの唯一の愛弟子か。……成程、それならその態度の大きさも頷けるな」
肩書というものはとても便利なものだ。
ぼくの性格は生まれた時点から何一つ変わっていないはずなのに、なんだかルシルのせいになっている。
何故だかわからないが、ぼくはどうやらこの男に一目置かれたらしい。
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