第二話 プロローグ

死から始まる学院生活

 


「おっはよー、むーくん!」


 すやすやと眠る幸せ。


 それは一日に一度は必ず訪れるもの。ぼくはそう信じていたのだが。


「ぐはあ!」


 体全体に受けた、四十キロ前後の衝撃によって消し炭にされた。



 ☆



「いつか、死ぬと思うんだ」


 今日で三日連続の、辛い寝起き。


 あの楽しかった旅行が終わり、ルシルがどっかに消えてしまったせいでぼくはヴィーの家に住んでいた。


 なにしろ生活のほぼ全てをルシルが仕切っていたので、家のことなんて全くわからなかった。


 それだけならいいのだがあの女、一切の現金をぼくに残さなかったのである。


 どこかで何かを買うことすらできなくなったので、ぼくは大人しくルシルの家を見捨て、ヴィーの世話になることにした。


 ぼくが学院に帰ってきたのは真夜中だったのに、ヴィーは全てわかっていたと言わんばかりにぼくを受け入れた。


 ただ一つだけ驚きだったのは、帰って来た時にはロンドンに行った時から一月が経過していたことだ。


 どうやら、あの時の止まった世界は時間の流れがおかしいらしい。


 一度中に入り外に出ると、ランダムに時間が経過していると聞いた。


 それは例えば数時間であったり、長ければ数年がたっている。


 つまり、一月ですんだぼくは運がいいほうだったのだろう。


 十一月に入り、ぼくもこの学院になれたかなとも思ったが。


 ずっと学院の外にいたんだから馴染むわけがないと自虐する。


 学院に帰ってからも疑問があった。


 たとえばぼくの部屋なんて魔法で簡単に作れそうなものなのに、何故かヴィーと同じ部屋にもう一つベッドを置かれてしまい一緒に寝起きをしている。


 問題は一つある。


 何を思っているのかは知らないが、毎朝刺激的な起こし方をしてくるのだ。


 今日はベッドの上からのボディプレスで起こされた。


 昨日は起きた時に上空三千メートルにいたし、その前は寝る事すら許されず、徹夜でポーカーをさせられた。


 ぼくがこの家に来てからヴィーのテンションが天井知らずに高く、同居している双子の弟子も困惑している。


 当然のことながら、いつもはもう少しまともらしいのだ。


 あまりに鬱陶しいので、前にクイーンにしたように簀巻きにしてやっても嬉しそうに笑うだけだった。


 ……本当にどうしてくれようか。


 今も、ヴィーの弟子であるアイラの作った朝食を食べているのだが、隣で何かの悪だくみを企んでいるようだ。


「今日こそは、授業に出るのよ?」


 ぼくが深刻な悩みに苦労していると、ジト目を向けながらアイラがぼくに文句を言ってくるが、ぼくはぷいっと顔を背ける。


 せっかくルシルがどっかに行ったので、ぼくは学院をさぼってヴィーの家で気楽に過ごしている。


 本当はずっと寝て過ごしたいと思っていたのだが、毎日毎日ヴィーに叩き起こされて遊びに付き合わされている。


 ヴィーは教師のくせにぼくと同じように学院をさぼっているらしい。


 まったく困った話だ。


「あなたねえ! 自分のお師匠様がいないからって何やっているのよ! ちゃんと学院に通いなさい!」


「馬鹿だなあ、ルシルがいないからこそゆっくりと学院を休めるんじゃないか」


 あれがいたら確実に学院をサボれない。


 アイラの比ではないくらいに本気で怒るからだ。


 ルシルは真面目が過ぎるので、サボろうとするぼくを何が何でも学院に連れて行こうとするのである。


「ぼくのことなんかより、自分の師匠に注意をしたらどうだ? ぼくと同じだけ学院を休んでいるんだから」


「あなたが休まなければ全ての問題はなくなるのよ!」


 確かに、ヴィーはぼくと遊ぶために学院を休んでいるのだ。


 ぼくが休まなければ真面目に仕事をするのだろう。


「ヴィーは仕事に行ったら?」


「嫌だよ。鬼が居ぬ間にむーくんと遊びつくすんだから」


「ふーん、ところでその鬼はいつまで仕事なんだろう?」


「おや? 心配なのかな?」


「いや、ぼくの平和はいつまで続くのかと思って」


 色々な意味で、ルシルが帰ってきたらぼくの平和は終わる。


 ルシルが帰ってきたら、ヴィーと二人でどれだけのことを怒られるかすら想像できないのだった。


 あの鬼が怒りそうな心当たりは、既に両手の指の数では足りないぐらいある。


「はっはっは、むーくんと一緒にいると本当に楽しいなあ。……でも、残念ながら今日は学院に行くよ。勿論むーくんもね」


「断る」


 弟子共はヴィーの言葉に喜ぶが、ぼくは即答した。


「今日だけは駄目だ」


「……何故?」


 いつになく強固なヴィーの言葉に違和感を覚える。


 いつもと違う何かがあるのだろうか。


「……今日は死者との別れの日だからね。それにむーくんにも無関係というわけじゃない」


「お師匠様?」


「君たちはまだ聞いてないかな? 数日前のことだけどね、マックス・パーカー先生が殉職したんだ」


 殉職? まあそれはいいが、誰だっけ?


「むーくんにはお菓子教師って言ったほうがわかるかな? 粗暴だけど実力のない生徒の味方で、むーくんに武術や魔道具の話をしてくれたはずだけど?」


「うーん?」


 そんな人がいたような?


「ああ、その辺りは覚えてないけどぼくにお菓子をくれた教師ならいた気がする」


 へえ、あの人死んだのか。それはご愁傷さまだ。


「でもなんで教師が死ぬと学院に行かなければならないんだ?」


「全校集会が開かれて、故人を偲ぶんだよ。他にも数人が死んでしまっている。むーくんだって死者との別れは大事なことだって分かっているだろう?」


 まあ、な。その意味や、価値などは正直分からない。


 でもそれが大事なことだって、なんとなくはわかる気がする。


 よく覚えてもいないし、あんまり関わりがあったとも思えないが。


 最後の別れにぐらいは、顔を出してもいいのかもしれない。

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