外伝 その時の話 

 


 それは、舞踏会が始まる前の控え室での話。


 人が困っている時に、助けてくれるどころか姿すら見せなかった薄情者に一つの質問をしてみた。



 ☆



「ところで、お前は一体どこにいたの?」


 唐突に思い出したことを口に出してみる。


「え?」


「いや町中で殺人鬼を探していた時、突然どこかに行っちゃっただろう? 可愛い弟子を守ることもなく、どこで遊んでいたのかなって」


「あっ、遊んでいた? 痛いところを突きますね! でも私は遊んでなんかいません。必死になってムゲンくんを探していたんですよ。それはもう子を見失った親のように」


「ほう」


 親のくせに子供を見失って、危険な目に遭わせるような奴だったのか。


 ぼくは、心底見下した目をルシルに向けた。


「な、なんですかその眼は! いいでしょう、あれから私が何をやっていたのか説明してあげます!」


 何故かルシルがとても熱くなっているが、何を聞かされても評価を上げることになる結果になるとは到底思えないのである。


「あの時、ホテルに帰ろうと前を向いていたら、突然後ろにいたはずのムゲンくんの姿が消えたんです」


 ほう、ぼくから見たらルシルが突然消えたように見えたみたいに、ルシルから見たらぼくが突然消えたように見えたのだ。


「初めはいつものように私から逃亡したのかと思いましたが、一度捕まえてしまえば暫くは大人しいムゲンくんのことです。直ぐにそれはないと思いなおしました」


 正しいが、気に食わない評価をされている。


 今度は捕まった直後に逃亡してやろう。


「何故か、ムゲンくんの魔力はどんな手段を使っても探知が出来ないので、私が付けた拘束魔法を利用してムゲンくんを見つけました」


「ちょっと待ってくれ。探知が出来ないって?」


「ムゲンくんに膨大な魔力が秘められていることは測定機によって判明していますが、初対面の時からムゲンくんに魔力を感じたことはありません。魔法と何の縁もない一般人ですらほんの僅かな魔力を感じることができるのですが、それすらも感じることは出来ないのです」


 そういえば、あの黒い犬も似たようなことを言っていたな。


「魔力イコール生命力なので、生きてさえいれば魔力を感じることが出来るはずなんですけど、ムゲンくんからは魔力を感じることが出来ません。ずっと悩んでいたのですが、学園長からムゲンくんは魔力量が高すぎて誰も魔力を感じることが出来ないそうです」


「何で魔力がたくさんあるとわからないの?」


「私たちの魔力を感じる器官が、高すぎる魔力によってマヒしてしまうからです。一人の例外もなく魔力がないと判断してしまうみたいです。それはあの黒犬も同じみたいでした」


「ふーん」


 まあ、伝説の犬がわからないなら人間にもわからないのだろう。


「話を戻しますけど、ムゲン君を見つけた時点ですぐにでも飛んでいこうと思ったのですが、それはどうしても出来なかったんです」


「なんで?」


「世界各国、どこでも大きな町は様々な結界が張られているものなんです。雪崩とか、川の増水などから守るものだったり、古い魔法使いが封じ込めた伝説の存在が封じ込められていたり」


「ちょっと待て」


 前半はともかく、後半はどういうことだ?


「ごほん、とにかくそういう本物の結界に似せるように街の中に無数の偽物の結界が張られていたのです。おそらくは私たちの敵側の勢力だったのでしょうね、私たちを分断して合流させないように手を打ったのでしょう」


 私たち?


 その表現は止めてほしいのだが、まあ流しておこう。


 成程、おそらくはクイーンかその手下というところだろうな。


 ぼくを殺人鬼の近くに置いておいて、それを追ったルシルが見つけて捕まえる。


 大体はそういう作戦だったのだろう。


 ルシルを妨害して時間稼ぎをしたのは、確実にぼくのことを殺させてからルシルが現れるようにしたかったのだ。


 そうすればルシルの敵意は、殺意にまで昇格するだろうから。


 目的が仕事から、復讐に格上げされるのだ。


 おそらくは、ぼくたちがクイーンにあった時点でこの作戦は確定していた。


 つまり、ぼくらの情報を事前に集めていたのかもしれない。この作戦にはぼくとルシルの性格をしっかりと把握していくことが大事だからだ。


 ぼくが危険なところに近づくこと。ルシルがぼくを殺されたら本気で怒ることをしっかりと計算している。


 ……もっとも、理解しているのは表面だけのようだが。


 まあ、当たり前といえば当たり前のことをしているだけなので別に驚きはない。


「安全なものか、危険なものかをしっかりと読み取ってから破壊するのは面倒で苦労しましたよ。全部で千や二千の結界を壊しました」


「へえ」


 おそらくは凄いことをしたのだろう。ぼくにはピンとこないが。


「それで、ムゲンくんを目にした時には黒犬に食べられる瞬間だったんです。もう視界が真っ赤に染まってしまってそこから黒犬までの結界を全て破壊してしまったんです。……のちにどれだけの被害が出るか、今から恐ろしいですよ」


 くんをつけるのを忘れてしまうほど、怒っていたということだ。


「ムゲンくんが食べられてから数秒で助けたはずなんですけど、それでも百年分の負担をムゲン君にかけてしまいましたが。どうです、私は頑張ったでしょう?」


「ああ、ルシルが遊びまわっていたことだけはよくわかった」


 ぼくを救うのが間に合ったのは、ぼくがだらだらと爺さんとお喋りしていたからだし。


 ルシルは結局、最後には大事な結界を壊してしまったし。


 実際には全てが間に合わず失敗しているとしか思えない。


 大体、国の一都市とぼくの命を秤にかける時点で許せない。


 とてもじゃないが、褒める気なんてない。


「もお! 違いますよ!」


 ルシルがぐだぐだとうるさいが、褒める気がないったらないのであった。

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