エピローグ

 


 移動魔法を使える部下がいるから朝一番で送ってくれるらしいので、ぼくは近くにあるクイーンの泊っているホテルでぐっすりと寝た。


 絶対にルシルと鉢合わすわけにはいかないので、たくさんの思惑を持っているクイーンの提案に乗ったのだ。


 二人仲良くホテルの一室に入ると、さっそくクイーンが構ってほしいのかうるさく喋りだしたので……。


 クイーンの布団を使い、簀巻きにしてやってから地べたに転がした。


 そしてぼくはゆっくりとシャワーを浴びると、ベッドでゆっくりと寝たのであった。



 ☆



 ひとまずの安心感のせいか、朝の目覚めは爽やかだった。


 でもクイーンはいつまでも起きてこない。


 と思っていたらそういえば簀巻きにしていたことを思い出し、ちゃんと解放してやるのだがなかなかに図太いようで、クイーンはしっかりと眠っていた。


 だが、ようやく圧迫感が消えたおかげか目を覚ましたので、直ぐに部下を呼ばせて移動魔法を使ってもらった。



 ☆



 そこは、雪崩が起きそうな雪山だった。


 いつ崩壊してもおかしくないような場所だったが、この辺りの地域は時間と建物の中以外の全てが止まっている空間らしく、危険もなくこんなにも寒々しい景色でも適温だった。


 その理屈はクイーンですらわかっていないらしいが、こんな場所は世界中にあるらしい。


 また一つ世界の秘密を知るが、よく考えれば心当たりがあるようなないような。


 行ったことがあるような?


 まあ世界中にあるのなら別に不思議はない。


 クイーンの部下を帰すと、ぼくは一人で近くにあるコテージに向かう。


 ここに一人の孫娘と一緒に住んでいるらしい。


 たくさんの家族がいるらしいのだが、そのほとんどは月一度の面会しか認められていないらしい。


 情報漏洩を防ぐためであり、家族であっても何らかの情報を漏らしたら厳罰を受けるらしい。


 なぜ、一人の孫娘が傍にいることを許されているかは知らない。


 この情報はついさっきクイーンに聞いたばかりだ。


 どうやら昨日の夜に話すつもりだったようだが、ぼくが簀巻きにしたせいで話せなかったと怒られた。



 ☆



 家のチャイムを押すと、孫娘らしき人物が現れる。


「ようこそ、いらっしゃい。おじいちゃんが待っているわ」


 外見はぼくと同じか少し下ぐらいだろう。


 こんな雪山なのに、普通の格好をしていることに強い違和感を覚える。


 案内された中に入ると、リビングらしき場所に一人の老人が座っていた。


「君が、神崎無限くんかい? 僕に用があるんだって?」


「はい、そうです。あなたがヘンリー・グッドマンですか?」


「ああ、ヘンリーと呼んでくれて構わないよ」


 この爺さんは気安くそう言った。


「じゃあ、ヘンリー。今日は大事な用があって来たんだ」


 ぼくが早速話を切り出すと、ヘンリーは驚いたような顔をする。


「驚いたな、君のような子供が僕みたいな八十を超えた老人を初対面で呼び捨てにするとは」


「は? 自分で言ったんでしょ?」


「それでも、普通はこれだけの歳の差があれば遠慮するものだよ。気に入った、敬語もいらないよ」


「わかった」


 言われたとおりにしただけで驚かれるなんて、理不尽なものを感じる。


「ぼくは君に会ったこともないし、神崎なんて家にも心当たりはないんだ。どんな用事なのかな?」


 ヘンリーは興味深そうな顔でぼくの言葉を待っている。


「実は、ぼくが直接の用があるってわけじゃない。ただ、ちょっと約束をしてね」


「約束?」


 そこでヘンリーの孫娘が温かい紅茶を持ってきてくれたので、少し間を空ける。


 ぼくらは一口ずつ飲むと、話を続ける。


「たしか、ある婆さんに頼まれたんだ。これを渡してくれって」


 ようやく、この重荷を一つだけ下すことが出来る。


 ぼくはカバンに入れていた、古い箱の一つを取り出す。


「こ、れは……?」


「あんたらがデビューするとき、有名になるって決めた仲間の証なんだろう?」


 ヘンリーに渡して、その中身を見せる。


 話によると、それはミサンガだ。


 大事に保存してあったから、もちろん切れてなどいない。


 彼らの願いは叶ってはおらず、もう叶うこともないらしい。


 ……身に着けていないのだから当然だが。


「そうだ、ぼくらは昔同じミサンガをつけていた。全員が永遠の友情と音楽の世界を極めることを願っていたんだ」


 ヘンリーは何かを懐かしむ顔をしている。でも、悲哀に満ちた顔にも見えた。


「でも、結局引退の瞬間までミサンガは切れなかった。ぼくらは音楽の伝説にはなれても音楽を極めることはできなかったし、確かにあった友情もあっという間に終わってしまった」


「友情が終わった?」


 音楽を極めることが出来なかったというのは、結局のところ解散に終わってしまったという事実が物語っている気がする。だが……。


「ぼくらの解散した理由は本当の所は国同士の争いが原因だったけど、その時に喧嘩別れになってしまってね。国境を超えるバンドだったはずなのに、みんな自国を裏切ることが出来なかったのさ」


 想像は出来る、どれだけ奇麗ごとを並べても音楽活動とは利益を追い求めるものだからだ。


 だが、これ以上の推測は止めておこう。


 年寄りの傷跡に踏み込むのは趣味が悪いし、何より興味もない。


 とにかく、約束の一つは守られたのだから。


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