褒美
クイーンが落ち着くのを待ってから、ぼくは口を開いた。
「まあ、これで懲りただろう。これからは敵に回す人間を選んだほうがいいよ。ぼくは確かに弱いし、何の力もない一般人だけど。……少女の首を絞めるぐらいはできるんだから」
好みではないけど、ぼくは別に人を殺すことを恐れる人間ではない。
必要な時には、必要な行動をとるつもりだ。
今回は、違ったみたいだけど。
「肝に銘じておこう。お主に比べればルーシーの方が余程、操りやすいようだ」
「まあ、あれは素直だからなあ」
そう、本来なら争いを好まない性格なのだ。ルシルはいつでも無理をしている。
「じゃあ、ぼくはもう行くよ。ルシルに見つかるまでに帰りたいんだ」
あいつは、今でもぼくを探しているに違いない。
まだパーティーが終わるほど時間が経っているわけでもないし、どうせ見つかってしまったらぐだぐだと説教をされるのだ。
それをまともに聞いたことは一度もないのだが。
「待て、まだ褒美の話が終わっていない」
そういえば、そんな話もあった。
「いや、もういいよ。目的は果たしたし、欲しいものがあったら自分で手に入れる」
誰かを使ってでも。それは別にクイーンでもいいのだが、今は特に欲しいものが思いつかない。
「駄目だ。是が非でもお主には褒美を渡さねばならぬ」
「なんで?」
「お主のことは絶対に敵に回せないとわかった以上、機嫌を取っておかねばならぬのだ」
それはとても分かりやすい理由。
「なら、さっきのことは不問ってことで。一国のクイーンの首を絞めたんだからね。それがなかったことになるなら大きな褒美だろう?」
「今更、そんな言い方をしてもお主がクイーンという称号になんの価値も抱いていないことはわかっている」
当然だ。
価値とは称号という飾りではなく、人という本質に宿る。
そういう意味でも、ぼくはまだこの少女に何の価値を見出せない。
ぼくにはそのへんで遊んでいるただの子供にしか見えないからだ。
「別に物には限らない。金銭や物品に興味がないのなら地位や名誉でもよいし、誰かに会いたいという願いでも、出来る限りの力になろう」
基本的に、ぼくは誰かの企みに乗ることはない。
自分が一人で生きているという自覚を持っているから、誰かに利用されたり誰かと同じ道を歩くということを好まないのだ。
今回の件も、やられたことをやり返したことで帳消しだと思っている。
でも、目的を達成するためなら少しだけ曲げることも必要かもしれない。
チャンスを逃してはいけない。
これが褒美という名の何らかの思惑を持った行動だとしても乗らない手はないだろう。
まあ、別に恩に感じたりはしないので代わりに何かをしろとか言い出しても気にせず無視するのだが。
「なら、ワールド・バンドのメンバーに会いたい」
「なに?」
「全員は無理だろうが、確かイギリス出身のメンバーもいたはずだ。その人になら会えるだろう?」
「……確かに、可能だが」
それはそうだろう、クイーンが直に管理している人物の一人のはずだ。
何しろ世界的有名人であり、歴史にすら名を残している生きた伝説の一人なのだから。
「なぜ、彼らに会いたいのだ?」
「教える必要はない。それで?」
ぼくの願いは叶うのか。
「わかった、数日中に手配しよう。わらわの頼みを無視は出来まい」
「わかった」
思わぬところから、目的は叶う。
まあ、一歩目だがこの調子ならルシルとの契約はなかったことになりそうだ。
その場合、魔法社会からはとっとと縁を切ることにしよう。
新しい弟子が出来るまで、ルシルの弟子としての名前は暫く貸すとしてもようやくロンドンで遊び惚けることが出来そうだ。
「だが、悪いがルーシーには明日からも依頼をする予定なのだ。おぬしも共に行くのなら……」
「別にあいつを連れて行く気なんてない。ぼくは一人で行くし、ここで話した全てのことをルシルには話さなくてもいい。ただ雑談をしていたことにしておいてくれ」
「どういうことだ? お主はルーシーの愛弟子なのだろう?」
「お前には関係ない、と言いたいところだが。そうだな、ぼくは確かにルシルの弟子だし、今は近くにいるけど。別に仲がいいわけでもないし、目的さえ叶えば……」
ぼくらの縁はそこまでだ。
それは、お互いに理解しているはずだ。
……いや、ルシルは怪しいか。どうでもいいことではあるが。
「くくっ、成程。ようやく腑に落ちた。つまりお主にとってはルーシーは特別な存在ではなく、路傍の石ころに等しいわけだな?」
「そんなの当たり前だろう?」
ぼくらを見て、そんなこともわかっていないのか?
クイーンは、にやりと笑った。
「成程、お主と縁を深めておくことには思った以上の利益が潜んでいそうだな。どうだろう?準備が整うまでわらわとゆっくり話でも……」
「それと、どうせメンバーを隠している場所はどっかの田舎なんだろう?今から向かう」
「は?」
「どうせ何時間もかかるんだ、今から向かえば朝になるんじゃないか? まあならなかったら、どこかで時間を潰すよ」
「待て」
「ルシルに見つかったら面倒なことになるからな。とっとと車を回してくれ」
「待て、待て待て待て! わかったからせめて明日までわらわに付き合え!」
なんか、慌ててぼくの道を塞ぐクイーンを無視してぼくは外に向かった。
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