化け物 

 


「そうか、確かにそうかもしれないな。わたしは少々傲慢だったのかもしれない」


 爺さんは、反省したように少しだけ顔を伏せた。


「……それにしても、黒犬が友ですか」


 ルシルは黒い犬を見上げる。未だに子犬には戻っていない。


「あなたを友にするなんて、一歩間違えれば本当に傲慢な夢は叶っていたのかもしれませんね」


「われはそこまで大したものではない。こっちもわれらを阻んだのが魔法使いとはいえ、人間であったことに驚愕を覚えている。最低でも人外の化け物だと思っていたのでな」


 黒い犬は、目を少し細め……。


「いや、驚くようなことではないか。今の世は人類が覇権を握っているのだからな」


 とっても気になることを口にした。


「それは言い過ぎでしょう。人類のほとんどは今でもあらゆるものに怯えてばかりですよ」


「神どもがこの世から去ったあとの世界で、頂点に立ったのは人類だ。言い過ぎでもなんでもない」


「頂点に立てたのはほんの数十人程度ですよ。それに未だにその所在すら判明してません」


「だが、われらが人類と争いを始めたら確実に先頭に立つだろう。ならば人類の全てが畏怖の対象になりえる。その事実に気づくこともなく、人類を下に見ている種族は多いが」


 黒い犬は呆れているらしい。


「今の世界では、どのような形の戦争を始めたとしても最終的に勝利するのは人類だ。もっとも命が残るのは数人程度だろうが、それでも勝ち目などありはしないよ。……今の人類の旗手は、そなたか?」


「……はい」


「そして、少年も続くわけか。まだまだ人類は安泰ということだな。こんなことはこの世界が始まったころには想像もできなかった。他の連中も同じ意見だろう」


 話はよくわからないが、ぼくがルシルの後に続くことは有り得ない。


 色々な意味で。


「まあよい。少年の傍にいるのも悪くはないと思ったが、拒否されたのだから仕方がない。われもまた、遠くから見守らせてもらおう。他の連中のようにな」


 今日、一番聞き逃せないことを言われた気がする。


「おい、一体、ぼくが誰に見守られているという?」


「では、さらばだ。縁があったらまた会えるだろう。その時を楽しみにしている。さらばだ、友よ」


「こら、ワンコ!」


 黒い犬は、その体を闇に溶けかませるようにしてこの場から消えた。


 爺さんも、名残惜しそうにしているようだ。


「どう思う、ルシル?」


「さあ、でもいいじゃないですか。みんなムゲンくんが大好きで、守ってくれているんですよ。私と同じですね」


 知っているのか知らないのか、全然わからない答えを返された。


 本当に止めてほしい、普通の世界なら調べようもあっただろうが、魔法の世界では調べ方すらわからないのだから。


「ところで、ルシルはあの黒い犬のことを知っているの?」


「伝説ぐらいは知っています、本を読みましたからね。今の時代に残っているあれだけの実力を秘めた黒い犬なんて一体しか存在しませんよ」


「へえ」


「本当の名前はないようです。伝説ではただの黒犬とだけ呼ばれています。なんでも神話の怪物や世界の守護者、あるいはその逆で世界を滅ぼす要因と戦ってきた偉大な存在なんです」


 よくわからないが、手当たり次第に戦ってた犬だということか。


 うん、その辺りが爺さんと話があったのかもしれないな。



 ☆



 その後、ルシルが呼んだクイーンの配下に爺さんは連れて行かれた。それから先は知らない。


 ルシルがクイーンに報告をすると言ったが、ぼくはもう面倒なので街に残った。


 事件の顛末を説明すると、クイーンはたいそう喜んでいたようで今回の功績を祝って、今晩は舞踏会が開かれるらしい。


 表向きの主催者は偽物のクイーンで、本物は出席者として参加するらしいのだ。


 戻ってきたルシルに無理やり王室ご用達の服屋に連れて行かれて、何時間もかけて一着のスーツを着せられた。


 そんな面倒なものには行きたくないといったのだが、参加するようにクイーンに厳命されたらしく絶対に逃げられないようだ。まあいいか、ぼくも少しだけクイーンに用がある。


 ぼくらは今、舞踏会の会場にある控室で休憩していた。


「ねえルシル。爺さんとの話は隣で聞いていたんだけどさ。ワンコはどうして爺さんに教えてやらなかったのかな?」


「何をですか?」


「世界は広いってことだよ。爺さんは全然強くなかったのかもしれないけど、あのワンコは凄い奴なんだろう?」


 だったら、世界には凄い奴が一杯いるって知っていたはずだ。


 なんでそれを教えてやらなかったのだろうか。


「教える必要はないと思ったのでしょうね」


「なんで?」


「あの老人は、裏の世界に関われる存在ではありませんでしたから。本来は表の世界が相応しい人だったのでしょう。せいぜいが魔法使いや、化け物たちの存在を知るのが精一杯でそれ以上のものには触れるどころか近寄る資格すら持っていなかった」


「でも、ルシルと会っただろう?」


「だからそれは、……よっぽどの縁があったのでしょうね。普通では有り得ないような」


 ルシルはぼくを見ながら、意味深なことを語った。


 ……まあ、それは置いといて本当にそんな理由だったのだろうか。


 ぼくの目にはあの黒い犬は、爺さんに危険を近づけたくなかったように映ったから。


 イマイチ納得できそうになかった。


 いつかあの黒い犬に聞いてみたい気もしたが、そのためにはもう一度会う必要があるのでやっぱりやめた。

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