最強への道
「やはり、君だったか。ふふ、目が見えなくてもこれだけ近くに来てくれれば気配を間違えることもない」
目が見えないくせに、はっきりとぼくの顔のある位置に向かって言葉を発している。
あたかも、そんなことは些細な問題だと言わんばかりに。
「一度目の出会いは偶然だとしても、二度目の出会いは運命だろう。そろそろ名前を教えてはもらえないかな? グリュークスに尋ねてもよいのだが、それでは風情がないだろう?」
爺さんは楽しそうに、ぼくに名乗れと言った。
「……あんたみたいな人には名乗りたくはないんだが、何が最後の言葉になるかわからないからな。ぼくの名前は無限。神崎無限だ」
「成程、東洋人か? いや日本人だな」
「ま、名前はな」
実際問題として、ぼくが何人かはわからない。
名前は日本人っぽいが、両親の名前も何人かも知らないからだ。
まあ、多少は日本人の血が入っているのは間違いないが、ハーフやクォーターと言われても別に驚きはない。
黒髪黒目だし、東洋人の顔立ちだから純粋な日本人でも驚きはないのだが。
「それより、ここで何をやっているんだ?」
当然、殺人行為以外の何物でもないのだが。
それでも爺さんがなんて答えるかによって、ぼくの未来はだいぶ変わってくるだろう。
何らかの明確な目的があればよし、ぼくが生き残る目が生まれる。
何もなければ、残りのぼくの寿命は呆れるほどに短いということになるだろう。
未だに両腕はルシルの魔法のせいで動かない。
どれだけ抵抗しても、ほんの少しですら意味を持つことはないだろう。
「そうだな、強いて言えばわたしの夢を叶えるための努力をしている」
うん、判断しづらい答えだ。
「具体的には? あんたはどんな夢を持っているんだい?」
「当然、わたしは最強を目指している」
爺さんは自信たっぷりにそう言ったが、なんにもわからない。
「一から説明してくれ」
「ふむ。いいだろう、わたしが昔、騎士団に所属していたことは話したね?」
「聞いた気がする」
忘れたと言ったら、今殺されそうだ。
「若かったころの私は人々を守るという崇高な志を持って、この国の騎士になることを志した。だが、不幸なことにわたしには溢れるほどの才能が備わっていたのだよ。故に、表向きの騎士団ではなく裏向きの騎士団に所属することになった」
表向きと、裏向き。どこかで聞いたような話だ。
「表向きの騎士団は、そうだな軍隊みたいなものだ。武器を持ち、他国との争いや国内の平定のための抑止力になる素晴らしい存在。だが、裏向きの騎士団は化け物退治をする集団だった」
そのことは、誇りにはなりえないのか。
「わたしは剣を扱うこと以外は脳がない男だったがね、裏向きの騎士団には様々な存在がいたよ。魔法使いや、魔物とのハーフなど強いもので一杯だった。そんな集団が表向きには存在しないことになっている化け物どもを退治して回っていたんだ」
それでも、その過去は楽しそうに聞こえる。
「化け物にも種類があった。妖精や幻想、天使や悪魔などといった種族すらわたしは斬ったことがあるのだよ」
年寄りの昔話は、いつだってつまらない。
その話が本当か嘘かわからないからじゃない。
どれだけ熱心に話を聞いたところで、ぼくは決してその時代には行けないからだ。
「だが、人々を救いたいという高尚な信念を持った少年は、最強になりたいという凡俗な夢を持つ青年になり下がった」
その二つは、比べるものじゃないと思う。優劣をつけるものではないとぼくは思う。
でも、この爺さんにとってははっきりと優劣をつけることが出来るようなものだったらしい。
「それでも、その事実に気づくまでのわたしは幸せだった。斬れば斬るほど強くなり、私の夢は実現に向かって進んでいたからだ。……そんな日々の中で相棒に出会うことも出来たからな」
爺さんは黒い犬に顔を向ける。
相棒とやらは特に反応を見せなかったが。
「そんな幸せは、ある日唐突に終わりを迎えた。この両目を失ったときに」
爺さんの望む最強の夢、それは一度失ったのだと。
「だが、わたしには才能があった。その時既に目など見えなくても全てが把握できたし、むしろその実力は冴え渡ったとすら言える」
五感の一つを失うと、他の感覚が鋭くなるという話はぼくですら聞いたがある。
目を閉じると、暗闇が怖くなる。耳が聞こえないと、集中力が高まる。味がわからないとよく噛むようになる。
あくまでも一端だが、こんな変化が起きるらしい。
たったそれだけで、普通の感覚とは違ってしまうのだ。
「なのに! わたしはクイーンに騎士団を追放された。わたしは決して最強にはなれないと言われてな!」
それは、一体どちらが爺さんを傷つけたのだろう。
「だが、わたしは決して諦めない! たとえ騎士団を追放されようが、この歪んでしまった夢を必ず叶えてみせるのだ!」
答えるまでもない。
今になってもこの男が拘っているのは、最強になるという夢なのだから。
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