違いなどなくて
「最強になりたいってのはよくわかった。だが、あんたは何をもって自分が最強になったと証明するんだ」
それが、問題だ。
最強になる、成程立派な夢だ。だがそんな雲を掴むような夢をどうやって具体的な形にするのか。
ぼくなら、自分が最強だと思ってしまえばそれだけで最強だと思える。
ルシルなら、世界で一番立派な地位に就けば最強だと言うかな?
答えはいくらでもあるが、困ったことに今ここではそれがぼくの生き死にに直結する。
「自分を追放したクイーンに復讐すればいいとか?」
「わたしを見くびらないでもらおう。そんなことを考えてはいない」
まあ、とりあえず安心だ。
とりあえず……。
「最強を証明するには最強を倒すしかあるまい?」
妥当なところだが。
「じゃあ最強ってだれだよ」
ルシルだとでも言うのだろうか。
「確かにこの世界には最強を名乗るに相応しい存在は多く存在する。ひと昔前ならともかく今の時代では神ごときを斬ったところで何の自慢にもならないがな」
「神ごとき?」
「うむ、今の時代にわずかに残っているような神は到底神とは呼べぬような下っ端ばかりだ。だからこそ滅びの運命から生き残ったのだから」
……どういうことだろう。神様が下っ端?
「……まさか、知らないのか?まあいい、神の話などこの場では重要ではないからな」
それはそうだ。
「わからぬよ。だが、とにかくわたしの思う最強の存在は人間の中に存在する。それは全盛期のわたしを一蹴した男だ」
「つまり、爺さんの目を奪ったやつってことか?」
「いや、わたしの全盛期はその数十年後だよ。今のわたしより十倍は強かっただろうな」
おお、そんな奴を一蹴する男か。……なんだろう、案外近くにいるような気もする。
うん、考えないようにしよう。
「そいつはどこにいるんだよ?」
「わからぬよ、わたしも長い生涯で一度しかあったことはない。それでも我が生涯はその男を倒すことによって完成する」
「えっと、名前ぐらいは知っている?」
「知らぬ」
……どうするつもりなんだろう。
「話を戻すけどさ、爺さんの目的がその男を倒すことだったらなんで一般人を殺しているの?」
「当然、男と再会するまでの間にわたしの腕を落とさぬためだ」
「一般人、っていうか弱い奴を殺すことで腕を保てるのか?」
「勿論だ、力の強弱など大した問題ではない。命を奪うということに全てが詰め込まれている」
やばい、やばいやばい。
それはつまり、ばっちりとぼくの命が対象に含まれる。
「なぜここにいるかは知らないが、君の命もわたしの糧にさせてもらうよ」
爺さんは杖に収めた剣を抜き、切っ先をぼくに向ける。
なんか、おまけのような扱いでぼくを殺そうとしているらしい。
いつものことと言えば、いつものことだ。
強者はいつだって弱者を視界から外すのだから。
だがまあ、不満はない。
でも、最後まで現実を手放さない。
ぼくの終わりはこういう形だったということ。
「気に入らぬな、君は恐怖を感じないのか?」
ぼくの額、その数センチ前にまで切っ先を近づけながら爺さんはぼくに不満を零す。
どうやら命を奪うだけでは足りないらしい。
「そんなことはないさ、今にも恐怖で叫びそうだ」
「嘘をつくな。呼吸や対応、心拍数や脳波に至るまで君に変化は全くない。……なに?彼には魔力がない?そんなものは恐怖を覚えない理由にはならないだろう」
さっきから羨ましい、この爺さんは黒い犬と会話が出来ているらしいのだ。
「一つ尋ねるが、君はグリュークスの声が聞こえないのか?」
うーん、生きるか死ぬかのタイミングに悠長なことを聞く。
「ちっとも」
「彼は偉大な怪物でね、あらゆる生物の魔力をチャンネル代わりにして言葉を伝える。なんでも人間には人間の、動物には動物の周波数があるようだよ」
つまり?
「一般人だとしても、あらゆる生物はほんの僅かな魔力を発しているからグリュークスとの会話が成立する。つまりグリュークスとの会話が成立しない君は人間ではない。それもグリュークスの知らない生物だということだ。……君は、何者だ?」
そんなもの知るか。
強いて言えば、ぼくの魔力が多すぎてぼくの魔力を探知できないのだと思う。
そういうことにしておいてほしい、こんな土壇場で実はぼくが人間ではなかったなんて事実は認められない。
どうせ殺されるなら心安らかに殺してほしい。
「危険、危険だな。気持ち悪いにも程がある。君がどんな生物なのかわからないのが問題なんじゃない。生も死も理解しない、いや理解できないそのぐちゃぐちゃな精神がわたしには到底理解できない。一体どんな環境で育てばこんな子供が創れるというのか」
この爺さんが何を言っているのかが、わからない。
生も死も理解できないのは当たり前だろう。どちらもまだ経験していないのだから。
所詮、想像は事実には追いつかない。
「おぞましい。強者が死に怯えないのは理解できる、自分が死ぬことを信じないからだ。賢者が死を恐れないのは理解できる、死など想像の内だからだ。だが、君はなんなんだ?わたしが腕を一振りするだけで掻き消える程度の命のくせに、まるでわたしよりも大きな存在にすら思えてしまう」
爺さんは、何かに怯えているように表情を歪ませる。
「答えてほしい、神崎無限。君は死を恐れないのか?」
爺さんが何を言っているのか、ぼくには本当に理解できない。
だから理解できることだけを口にする。
「あんたが何を言っているのかわからない」
「君は、今ここでわたしに殺されるのだ。それが怖くないのかと尋ねている」
ああ、そういうことか。それなら答えは簡単だ。
「別に怖くないよ、そもそもあんたの前に姿を現す前からそんなものは想定内だったし」
「殺されるのがわかっていてわたしの前に姿を現したと?」
「当然だろう、あんたに殺されたらそれだけのこと。ぼくはその程度の人間だったってことだ」
ぼくは大したことがない人間だという証拠。
「でも、どんな理由であれ殺されなかったらぼくは凄い奴で、こんなどうでもいい場所で殺される人間じゃなかったってことだ」
それが、ぼくの価値だ。そんなものは別にどっちでもよかった。
「ここで終わることも、道が続くことも大して違いはないだろう?」
そう、終わりなんていつかは必ず来る。それが早いか遅いかに大した違いはないのだから。
爺さんは理解できないものを見る目を向けると剣を杖にしまってしまう。
なんだかわからないが、どうやらぼくの命はつなが……。
「呑め、グリュークス。彼を斬るとわたしの剣が曇りかねない」
……った。
「偉大な存在の一部になることによって、わたしにも定義できる存在に堕ちてくれ。あるいはそれが……」
君の救いになる。
黒い犬に食べられる瞬間、そんな風に聞こえた気がした。
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