エサ
無理やり腕を掴まれて、流れに身を任せていたらいつの間にかイグシオンについていた。
車に乗ったり、電車に乗ったりした気がするがよくは覚えていない。
自分の意志で動くことが出来ないことが思ったよりも退屈で、とっとと寝てしまったからだ。
ルシルは、熟睡してしまったぼくを引きずり回していたようだが、どうせ魔法を使っているとしても感心するほどの力だ。
これからは、どこでも適当に寝てしまおうと思う。
だが、気持ちいい睡眠を起こされてしまったことだけはいただけなかった。
ぼくのことなんてその辺に放っておいて、とっとと捜査に行けばいいものを。
「今日はこのイグシオン地区を隅から隅まで捜索しますよ。頑張りましょうね」
「質問、ルシルは魔法であの爺さんがこの辺りにいるって突き止めたんだろう? もっと具体的にはわからないのか?」
「残念ですが、私の魔法ではこの地区にいるということまでしかわかりません」
やれやれ使えないな。これではまだ話は終わらないということになる。
仕方がない、今日は天気がいいし散歩だということで割り切ろう。
「行きますよ、ムゲンくん」
「ああ」
こうして、面倒なだけでつまらなかった一日が始まった。
☆
「今日は本当に天気がいいなあ」
朝っぱらからずっとルシルに付き合わされているが、この青空なら許してしまえる。
例えば今日が雨の日だったら、不機嫌なぼくは傘でルシルを攻撃していたかもしれない。
天候すらも、今日はルシルの味方だった。
「……なんかいい雰囲気を出しているみたいですけど、ムゲンくんももっと協力してくださいよ!」
「しているだろう?」
「ぼんやりと私の後ろを歩いているだけじゃないですか!」
そんなこと言われても……。
「お前がどこにも行かないでくれって言ったんだろう?」
「そうですけど!」
「適当に探して来いっていうならともかく、そんなにいい知恵なんて出せないよ。人探しなんてしたこともないし、当然のことながら魔法だって使えないんだから」
ぼくはいつだって探す側ではなく、探される側なのだから。
「それに両腕がこんなざまだと歩くのも大変だよ。周りから変な目で見られるし」
ルシルの魔法はかかったままだし、ここはかなりの都会だ。
周りに人なんてありふれるほどいる。
「腕は我慢してください。それにしても意外ですね、ムゲンくんは周りの目なんて気にするとは」
「それはそうだよ。これでは落ち着かない」
もちろん、そんなものはぼくにとって何の価値もないし、どうでもいい。
ただ、こういう風に言っておけばルシルに魔法を解いてもらえるかもしれない。
「へえ、私はてっきり私に魔法を解いてもらうための言葉だと思っていましたよ」
ルシルは嫌味を込めて、ぼくにそう言った。どうやらバレているらしい。
「ああ、ぼくももう学院に通うような年頃だからね。いい加減色々なことが気になってくるのさ」
当然のことながら嘘だ。
だが、そんなものはどうでもいいという本当のことを正直にルシルに教えてしまったら、もっと嫌味を言われてしまうだろう。
故に、とことんまで嘘を貫くことにした。
別に、バレてしまったら困るような嘘でもないし。
後にあの時はこう言っていたじゃないですか、と言われたら堂々と気が変わったのだと言うことにする。
人間は流動的な生き物であり、意見がころころと変わってしまうのは当たり前のことだ。
一々、文句を言われる必要はないだろう。
「なーんか、ろくでもないことを考えている気配がするんですよねえ?」
ルシルが思いっきり不審な目を向けてくる。
だが、ルシル程度にどんな目で見られてところで思うところはない。
「気のせいだよ。そんなことよりどうする? もう十分すぎるほど頑張ったろ?」
なんだかんだと言って、数時間はお散歩をしたはずだ。
ルシルへの協力には十分だろう。
「そうですね、捜索を諦める気は全くありませんが、手詰まりにはなってしまいました。また新しい情報を手に入れる必要があるでしょう」
そうか、諦める気はないのか。
「わかりました。では、一度ホテルに戻りましょう。ムゲンくんも今日は頑張ってくれたので、美味しいものでも食べましょうか」
珍しいルシルの優しい言葉に、ぼくはわーいと喜びの声を上げようとして。
「え?」
瞬きをしている間に、ルシルの姿が消えてしまった。
「痛っ!」
驚きを隠せないでいると、首筋に強烈な痛みと熱さが!
耐えきることなどとてもできなくて、ぼくは地面に倒れこんでしまい、どうしても目が開かない。
「ふふっ、優秀な魔法使いとその弟子とはいえこんなものか」
その声は聞き覚えがある。子供の声、少女の声。
だが、誰の声だっただろう。
ぼくは強烈な眠気を噛み殺す。
この声の正体を知るまでは、意識を手放すことなど決して許さない。
「巨象すら眠らせる威力のスタンガンだとは言え、情けない男だ」
いつものことだが、この声が誰のものだったのか、ぼくにはどうしても思い出せない。
ならば、この重すぎる瞼を開けて、その姿を視界に収めるしかない。
「この男はエサに相応しい。わらわによって引き離されてしまった世界最高の魔法使いを本気にさせるにはな」
このぼくがルシルへのエサだと。
それは認められない。
それだけの感情によって、ぼくは重過ぎる瞼をほんの僅かに開く。
首までの金の髪、小学生程度の身長、そして傲慢さを秘めたその眼。
それはどこから見ても、ルシルへ依頼をしたこの国のクイーンだった。
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