推理の正体

 


「では、ムゲンくんは私に協力してくれないんですか?」


「公園の場所は教えただろう。それで十分な協力になったはずだ」


「……なら、ムゲンくんはロンドンに何をしに来たんですか?」


「なにって、観光?」


 ぼくは遊びたいのだ。


「そうですか」


 ルシルは落ち込んでしまったのか、顔を伏せてしまう。


 少しは言い過ぎたのかもしれないが、ぼくは正しいことを言っているはずだ。


「なら、無理やり連れて行きます!」


 突然顔を上げたルシルが何かを呟いたと思うと、突然ぼくの両腕が体の前で磁石のようにくっついた。


 まるで、両腕を縄で縛られた罪人のようだ。


「なにこれ?」


「ふっふっふ、呪縛魔法をかけさせてもらいました。私が魔法を解くまでは、その両腕は決して自由にはなりません」


 ふむ、つまりは実力行使に出たということか。


「ムゲンくんが私に協力してくれたら、魔法を解いてあげます」


「うーん。まあちょっと不便だけど、指は動くから我慢するよ」


「え?」


「じゃあ、お仕事頑張ってね。それが終わったらぼくの魔法を解いてくれ」


 ぼくはルシルにそう告げて、また観光に行こうとした。


「もー!」


 レストランの中だというのにルシルが叫びだし、本当の意味での実力行使に出た。



 ☆



 流石のぼくも両腕が不自由な状態では、逃げ足も鈍った。


 数秒でルシルに捕まり、完全に両腕を極められてしまい流石に諦めた。


 ……今のところは。


「ここが、犯人のいた公園ですか?」


「ああ」


 ルシルに無理やり連れられて、昨日の公園にもう一度やってきた。


 まったく、昨日遊びつくしてもう用がない場所にもう一度来るなんて人生の無駄なのに。


 他の場所に行きたかった。


「どの辺りにいましたか?」


「そのベンチ」


 ぼくは顎でベンチを指し示した。


「……本当ですか?」


「疑うのか? 流石にここまで来て嘘なんかつかないよ」


「まあ、流石にそうですよね。でも、これは?」


 ルシルが集中して何かを考えている。


「あれだけムゲンくんにこびりついていた血の匂いや殺気が、全く残っていません。つまり自分の力でそれを消せた?」


 面白い推理だ。


 つまりはあの爺さんは、ぼくと出会う少し前に誰かを殺し、その痕跡を消そうとする前にぼくと出会ったというわけだ。


 それはつまり、まだ消していなかっただけなのか。


 それともぼくと出会った後に、痕跡を消す方法が見つかったのか。


 うーん、やっぱりあのワンコには何かがあるのかな? ちょっと賢すぎたもんな。


「で、どうする? なにかわかった?」


「いえ強いて言えば無差別殺人犯の割には、警戒心をしっかりと持っているということぐらいですね」


 成程、まあそれぐらいは犯人が殺してきた人間の数でわかることでもある。


 殺人犯なのかどうかはともかく、少なくてもあの爺さんは只者ではなかった。


 それは素人のぼくでも明確に分かるほどだ。


 あの爺さんが本当に殺人犯なのだとしたら、殺した数は膨大だろうな。


 百人程度じゃ到底足りないだろう。元騎士団とか言ってたし、殺しには慣れているだろう。


「仕方がない、諦めましょう」


「やめて学院に帰るのか?」


「まさか、元々の捜査を続けるだけです。これまで私は事件のことを調べてきて、次の事件が起こる場所を推測しました。傾向から考えてほぼ確実でしょう」


「それはどこ?」


「イグシオンです」


「イグシオン?」


 ロンドンに、いやイギリスにそんな街があったっけ?


「ああ、そういう意味ですか。いえ、表向きイギリスにそんな名前の街なんてありません」


 表向き? また面倒なことを言い出したぞ。


「百年ほど前に、イグシオンという偉大な魔法使いがロンドンの一部地域で重大すぎる事件を起こしてしまったんです。その事件の影響のあった一部地区を魔法使いたちはイグシオン地区と呼んでいるんです」


「いつも思うんだけど、聞いたことがないぞ」


「まあ情報は隠蔽されますからね。記憶を消されたり、破壊されたものを修復したり。学院長も大変だったと愚痴を零していましたよ」


「へえ」


 あの人もたまには真面目に働くんだねえ。


「とにかく、今からイグシオン地区に行きますよ。いいですね?」

 

 いいですねって、駄目だって言ったら聞いてくれるのだろうか?


 無理だろうなあ。もっと怒り出すだろうなあ。


 仕方がないのでぼくらは、イグシオンに向かって歩き出す。だが、その前に疑問に思ったことを尋ねることにする。


「あのさあ、犯人がいる場所をどういう風に推理したの?」


 ぼくの質問に、ルシルはびくっと反応した。


 これは面白い答えが返ってくるかもしれない。


「べ、別にいいじゃないですか。私の素晴らしい推理ですよ」


「へえ?」


 ぼくは、胡散臭いものを見る目をルシルに向ける。そんなに賢かったっけ?


「い、いえ。あの実は予知の魔法を使って……」


「成程」


 魔法使いらしいが、鋭くも、素晴らしくもないな。


「たまには褒めてくれたっていいじゃないですか!」


「えらいえらい」


 それは推理ではなく、順当ではあっても凄いと称賛するような方法ではなかった。


 むしろ、予知なんて使えばわかって当然だとすら思えた。


 せっかくのイギリス、ロンドンだ。


 ぼくは名探偵のような推理を期待していたのに。

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