利害で繋がる師弟関係

 


「ふふっ、この傷は名誉の負傷なのだよ。わたしは昔、クイーン専属の騎士団に所属していたんだ」


「クイーン?」


「ああ、先々代だがね」


 まあ、それはそうだ。今のクイーンは子供なのだから。


「へえ」


 大して興味はないな。


「反応が薄いな、寂しいものだ。だがまあ、もう夕方だ。そろそろ家に帰ったほうがいいだろう」


 なんか、この爺さんはぼくのことを何歳だと思っているのか無性に気になってきた。


 だがまあいいや、めんどくさい。


「うん、じゃあ帰ることにするよ。じゃあね、ワンコ」


「ワン、ワン!」


 子犬は、またな。


 とでも言うように吠えた。うーん、賢い。


 ぼくはスマホを開き、鬼のような着信履歴や留守番電話に恐怖を感じながらもルシルに電話する。


 このまま姿を消したい気持ちを押し殺しながらコールを待つと、ルシルはすぐに電話に出た。


「どこにいるんですか!」



 ☆



 直ぐに合流するより、ホテルで待ち合わせをしたほうが早いという結論になったので、ルシルが呼んだタクシーに乗りホテルの名前を告げた。


 三十分ほどの時間がかかりたどり着くと、今までにいた場所より文化的な場所だった。


 少なくても自然が多いなんて感想を抱かない程度には。


 フロントで宿泊する部屋は三階にあると言われ、ボーイに案内をされた。


 チップを渡した後で部屋の中に入ると、そこには恐ろしいほどの怒りに満ちたルシルがいた。


「ああ、疲れたよ」


「本当にどこにい……!」


 あれ?二、三時間ぐらいは続くほどの説教が始まるのかと思ったが、ルシルの言葉は急に止まった。


 どうしたのかと思い、表情を窺うと何かに驚いたような顔をしている。


「ムゲンくん、本当に今日はどこにいたんですか?」


 今までと違い、あまりにもルシルの声は冷たかった。


 だがそれは怒りや嫌悪感ではなく、あまりにも真剣だということの証拠だ。


 その事実をしっかりと理解したうえで、ルシルをからかうのも面白そうだが……。


「あなたには今回の事件の、殺人鬼と出会った痕跡があります」


 そうすると爆発する可能性があるので、今日の出来事をしっかりと伝えた。


「成程、その老人が殺人鬼なんですね」


 ルシルは納得したように頷いたが、こっちは納得していない。


「それで、痕跡ってなに?」


「血の匂いと、殺気ですね。その老人は本当にたくさんの人を殺してきたのでしょう。それがムゲンくんに移ってしまうほどに」


「……そんなの感じないけど」


 成程、ぼくがあの爺さんに感じた違和感のようなものはそんなものだったのか。


 そういえば学院長からも似たような感覚を感じた。


「……、危なかったですね。一歩間違えればムゲンくんは殺されていたでしょう」


「へえ」


「犯人は無差別殺人鬼ですし、魔法使いなんですよ? 生き残れる可能性のほうが低かったでしょう。あえて理由をつけるとしたらムゲンくんがその子犬の世話をしたから見逃してもらえたのかもしれません」


 そんな義理堅い爺さんだったのかな?確かに真面目そうな印象は受けたけど。


 それ以上に……。


「明日は、その公園に行ってみましょう。それと、ムゲンくんにはしっかりと案内をしてもらうんですから、今度こそ、この事件の犯人の情報をしっかりと覚えてもらいますからね!」


「パス」


 ぼくはルシルの言葉を無視して、片方のベッドに横になった。


 その後もルシルはギャーギャーと騒いでいたが、いつものことなので何も気にせず、ぼくの意識は夢の中に旅立った。



 ☆



「うーん」


 しっかりと朝まで寝て、ぼくは今ルシルと一緒にホテルのレストランで朝食を食べている。


 だが、ぼくが目覚めたときからずっとルシルに睨まれている。声からも不機嫌さが滲み出ていた。


 それ以外の全てはいつもの朝と何も変わらないので、何も気にしていなかったがいい加減鬱陶しい。


「まだぼくのことを睨んでいたいのなら、隣のテーブルに移ってくれないか?」


 一々、相手をするのも面倒だ。視界に入らない場所にいればいいのに。


「……私がなぜ睨んでいるか、わかりますか?」


「ちっとも」


 ぼくは何も悪いことをした覚えはない。


「私たちは今から凶悪な殺人犯を捕まえに行くんですよ?それなのに私の話を聞いてくれないじゃないですか?」


「話って?」


「殺人犯の情報です、色々と知っておけば回避できる危険もあるはずです」


「だからさ、なんでぼくがルシルに協力しなければならないの?」


「何でって、私たちはクイーンの依頼を受けているからですよ」


「受けたのはお前だろう。ぼくには関係ない」


「でも、ムゲンくんは私の弟子なのですから」


「確かにぼくはルシルの弟子になった。でも魔法を覚えること以外はなにもしなくてもいいって言っただろう。他には何もしなくてもいいって。代わりにぼくをワールド・バンドのメンバーに会わせてくれるって取引だったろ?」


「で、でもまだあまり魔法を覚えてくれていないんですから」


「そっちだって、まだぼくをワールド・バンドのメンバーに会わせてくれてない」


 そう、何も出来てないのはお互い様だ。


 ぼくだけが、新しく何かをする必要なんてない。


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