子犬の飼い主

 


「おっ、食べ終わったか?」


 やはりこの子犬は賢い。なぜならホットドックを包んでいた紙が奇麗に残っているからだ。


 ぼくが感心していると、子犬はあくびをした後その体を丸め、目を閉じた。


 これはおそらく……。


「成程、お腹がいっぱいになったから眠たくなったということか」


 気持ちはわかる。何しろこんなにいい天気なのだ。


「一緒に寝るか」


 近くにあったゴミ箱に食べ終わった紙を捨てると、ベンチに戻り子犬の隣でぼくも目を閉じた。



 ☆



「ワンワン!」


 気分よく寝ていたのに、今度は袖を噛まれて目が覚めた。


 まだ日が高い、時間を確認すると一時間ぐらいしかたっていなかった。


「今度はなんだ?」


 ぼくが起きると、子犬はベンチから降りてどこかに向かおうとする。


 これでお別れかと思ったが、ぼくのほうを振り向いてワンと鳴いた。


 つまり、ついてこいとでもいいたいのだろう。


  これも何かの縁かもしれない。


 別に具体的な目的があったわけでもないし、少しだけ付き合ってやろう。



 ☆



「本当に賢いワンコだな」


 あれからずっと子犬の後ろをついて歩いているが、本当にあちこち歩かされた。


 その道のりに何の意味があったかは全くわからないが、面白いものはたくさんあった。


 例えば、美しい花畑や野良犬の集会場などもあった。


 つくづく思うのだが、この辺りはロンドンの中でもかなりの田舎ではないのだろうか。


 イギリスに行ったことはなかったと思うので、詳しいことはよくわからない。


 ぼくは世界中の色々な場所に行ったことがあるが、基本的に誰かに連れて行かれるだけなので、ほとんどのことがわからないのである。


「まあ、それはいいか」


 とにかく、ぼくはもう疲れた。


 スマホを確認すると既に午後四時を回っている。何時間歩かせれば気が済むのだろう。


 いい加減、子犬についていくのはやめようかとも思ったが、よく周りを見渡すと最初の公園の近くにいることがわかる。


 成程、ゴール地点はスタート地点と同じだと言うことか。


 思った通り、子犬は先に公園に入っていく。


「やれやれ、これで終わりか」


 退屈しのぎにはなったな。


 そう思ってぼくも公園に入ると、子犬はベンチの一つに座っている人間の近くにいた。


「おや?」


 その人間は身長百八十を超えて、背筋をピンと伸ばしているにも関わらず、杖のような物を持っていた。


 帽子を被っているが髪の毛は真っ白で、顔を見ても老人だということがわかる。


 凄く強そうだが、子犬がそばにいるのでもしかしたら飼い主なのかもしれない。


 ぼくは近くに寄ることした。


「おや、これは面白い気配だ」


 少し近づいたぼくに、爺さんはそう呟いた。


「お主は、なんなのかな?」


「えっと……」


 なんなのかと言われても、困ってしまうのである。


 ぼくが返答に窮していると、爺さんは言葉を続ける。


「人間、ではあるまい? 呼吸や足音、気配などの感覚から判断するとお主は人間に思える。だが、その本質は化け物そのものだよ。こう見えてもわたしは人間以外の生物をたくさん見てきたのでね、よくわかるんだ」


 そんなことを言われても困る。


 ぼくの両親は人間だと思うし、兄弟や親戚を見ても人間じゃないなんて思ったことはない。


 まあ、いちいちお前たちは人間なのか?


 なんて尋ねたことはないので、もしかしたら人間じゃないのかもしれないが、それでもぼくは十五年ぐらい生きているので、もし人間じゃなかったらその証拠が一つぐらい見つかっているのではないかとも思う。


「いや、ぼくは人間だよ」


 でも、とりあえずそう言っておいた。


 別に、自分が人間であるということに思うところなんて一つもないが、とりあえず。


「……ふむ、どうやらそのようだな。失礼した、無礼を詫びよう。未だに信じることはできないが、グリュークスが言うのなら間違いはないのだろう」


「グリュークス? ……あー、そのワンコか」


 随分と立派な名前だな。立派すぎてこんな子犬には似合わないと思う。


 もっと大きくなったら相応しい名前だと思えるのかもしれないが。


 そうだな、ドーベルマンぐらいの大きさは欲しいものだ。


「今日一日、グリュークスと遊んでくれたのだろう? 感謝するよ」


 爺さんは子犬の頭を撫でながら、ぼくに感謝の言葉をかける。


「わたしは目が見えないのでね、グリュークスが満足するまで遊んであげることは出来ないのだよ」


 へえ、帽子のせいで目元が見えなかった。いや、本当は爺さんに興味の欠片もないので、視線を合わせようとも思わなかったから気づかなかったのだろう。


 確かに、爺さんは両目を瞑っているし目元に凄い傷跡のようなものがあった。


「凄い傷だねえ」


 とても痛そうだ。別にかわいそうだとは思わないが、自分が同じ目には遭いたくないと、とても強く思った。

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