子犬との出会い

 


 ようやく自由が手に入った。


 ぼくは観光がしたかっただけなのに、クイーンがどうとか依頼がどうとか、鬱陶しい話ばかりで気持ち悪かった。


 山奥の生活も悪くはなかったが、閉じこもるのは趣味じゃない。


 時にはこうやって解放された一時を過ごすことが、ストレスなく人生を生きるコツだと思う。


 四六時中気を張っているとルシルのように、怖い顔になってしまうだろう。本来ならそんな顔は似合わないはずなのに。


 元々、田舎出身のルシルが世界最高の魔法使いなんて仮面を被っているせいで、いつも冷静な怖い人という評価に落ち着いてしまっているが、本来は穏やかに笑っているのが似合うのだとぼくは思っている。


 本質的に、ルシルには争いは似合わない。


 そういうのはあの胡散臭い学院長や、ヴィーの領分だろう。あの人たちはヘラヘラと笑いながら、いつでも牙を磨いている印象だ。


 おそらく、どっちが勝ったとか強いとか。白黒をはっきりつけるのが好きなんだろう。


「いけないな」


 せっかくの自由時間なのに、こんなくだらないことを考えているのは、あまりにも時間がもったいない。


 いつものように、能天気に生きよう。


「しかし、穏やかだ」


 この辺りは町中でありながらも、少々外れているのだろう。


 自然が多い気がする、近くには公園もあるみたいだ。


「ああ、公園で昼寝でもしようかな?」


 そういう使い方も悪くない。


 限られている時間をどうでもいいことに使うことは、一つの贅沢だと思う。


 後でルシルに話したら、そんなことのために私から逃げたんですか?


 と言われそうなことをするのは楽しそうだ。きっと、呆れながら怒るのだろう。


「ルシルの説教はつまらないが、怒っているルシルは面白いからな」


 表情をころころ変えて、大した中身のない説教を長々と語りだす。


 勘弁してほしいとも思うが、きっとルシルはそこでストレスを解消しているのだろう。


 新しいストレス発散方法が見つかるまでは付き合ってやろう、もし完全に無視したらどこかで爆発してぼくに迷惑がかかるだろうから。


 古来より、おとなしい奴が怒ると怖いのである。


 そんな風に恐ろしくも楽しいことを考えていると、突然背中に衝撃が走った。


 倒れるほどではないが、すごく驚いたし、バランスを崩した。疑問に思いながら後ろを振り向くと。


「ワン、ワンワンワン!」


 そこには真っ黒い子犬がいた。



 ☆



「わうん」


 その子犬はぼくの足元にすり寄っている。体全体を使ってぼくの両足に体をすり寄せ、時折ズボンを噛んでいる。


「人懐っこいなあ」


 初対面の人間にこんなに懐く犬。だが、ぼくにとっては別に珍しいことではなかった。


 ぼくは昔から動物に好かれる。


 犬猫はもちろんで、動物園などに行くと様々な種類の動物が近づいてくる。


 最近の出来事で言えば、学院にいた妖精たちだろう。


 あれらにも、出会ったときにはぐしゃぐしゃにされたものだ。


 今にして思えば、学院長が言っていたことが正しいのかもしれない。


 そう、ぼくは人間以外のものに近い存在だということだ。


 十分ほどたつと、ようやく気が済んだのか子犬はぼくから少し距離を開けた。


 そしてまた何かに向かってワンワンと吠える。その方角に目を向けるとそこにはホットドックの屋台があった。公園の敷地内で店を出しているらしい。


 なんだこいつは、お腹が空いたからあれを買ってくれとでも言いたいのか?


「まあいいか」


 ぼくもお腹が空いた。買い食いをしたと言ったらルシルが怒りそうだが別にいいか。


 ぼくは屋台に近づき、店員に注文をする。


「ホットドック、二つ」


「わかりました」


 店員は既に作り置きにしてあった商品をぼくに渡し、その代金を受け取った。


 どこで食べようかと辺りを見回すと、既に近くにあったベンチに子犬が座っている。


「お前、ちょっと賢すぎないか?」


「ワン、ワン」


 とっとと寄越せとでも言わんばかりに、子犬はぼくに吠えた。


 今にして思うのだが、果たして犬とはホットドックを食べるのだろうか。仮にもドックなのに。


 ぼくは大人しく、子犬の前に片方のホットドックを置いてやると、何も気にせずにバクバクと食べ始めた。


「……何も言うまい」


 ぼくはぼくで食べることにしよう。


「うん、おいしい」


 最近はルシルの作った、しっかりとした料理しか食べてなかったから懐かしさすら感じる。


 まあ、ルシルの世話になるまでもぼくは中々買い食いなんて許されなかった。


 学校から帰ってきて、買い食いしてきたとバレたら怒るやつがいつだって近くにいたからだ。


「迷惑だよなあ、アメリカでも日本でもイギリスでも同じだからなあ」


 何の因果か、どこでどんな風に暮らしていたとしてもぼくは誰かに厳しく管理されるのであった。



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