自由の始まり

 


「次の質問だけど、あ~やっぱいいや。質問は終わりだ」


 もう、その必要はないだろう。


「ほう?よいのか?質問はいくつもあると言っていた気がするが」


「ああ、どうやら一つで十分だったみたいだ。今の質問の答えには、ぼくの聞きたいことの全てが含まれていたよ。その結論として、やはり君は偉大なクイーンではなくただの少女だ」


 ぼくは、はっきりとそう言った。


 例えば、ルシルやぼくに毒の入った紅茶を飲ませる行為にしたってそうだ。


 おそらくだが、彼女の中には二つの心があるようなものなのだろう。


 偉大な先祖から受け継いだ知識を持つ、年老いた心。


 そんなものはいらないと、ただの子供でいたいと考えている心。


 その二つが上手く混ざっていないのだ。


 基本的には、冷静に知性溢れる人格でありながら、世界最高の魔法使いの実力を試すような、子供じみたことをしてしまっている。


 当然と言えば当然の話。


 六歳の子供が、次の日に百歳の年寄りにはなれない。


 魔法なんてものを使っても、所詮はこれが限界なのだろう。


「残念だが、ぼくが君を敬うことはないな」


 むしろ、憐みの対象でしかない。


「よいよい、そういうところを気に入っておるのだ」


 クイーンはそう言って笑うが、それは自己防衛のような感情なのだろう。


 全ての人間が自分に跪けば、自分がどういう存在なのか定まってしまうのだから。


 その道を歩いてしまえば、きっと自分が消え去ってしまうのだと気づいているのだ。


 この子供は元々賢く、そして少しルシルに似ているのかもしれない。


「質問がなくなった以上は、君に用がなくなった。ぼくは行くよ」


「ほう、どこへ行く?」


「町に行く、観光をするんだ」


「依頼には協力せんのか?」


「するわけがない。ぼくには関係がない話だ。久しぶりにロンドンに来たんだ、遊ぶよ」


 ぼくは立ち上がり、部屋を出ようとすると。


「……はっ、ちょっと!私を置いていかないでください!」


 ぼくに置いていかれそうになったルシルが、文句を言いながら後ろをついてきた。



 ☆



「ああ、久しぶりにまともな文明というものに触れた気がする」


 今度はそこそこの高級車に乗せてもらい、ぼくらはロンドンの街についた。


 山の中とは違い、たくさんの街並みや人々が目に映る。


 詳しくロンドンのどのあたりかは全く知らないが、今ぼくは普通というものに戻った気がする。


「では、遊んでくる」


 ぼくは一言だけ告げると、ルシルを置いて飛び出した。


「待ってください」


「ぐげっ」


 走り出すぼくの襟首を猫のように掴まれ、変な声が出た。


「なにをする?」


「なにをする、じゃないですよ。クイーンのところにいた時も思ってましたけど、話を聞いていましたか? 私の仕事を手伝ってください!」


 ぼくはとても嫌そうな顔をする。せっかく遊びに来たのに何故そんなものを手伝わなければならないのか。


「あなたは私の弟子だからです!」


「だが、そんなものはぼくらの契約に含まれていないぞ」


 ぼくは魔法を覚えるだけでいいという話だったはずだ。


「それに、仮にも世界最高の魔法使いだったら魔法でさっさと解決してくれ」


「残念ですけど、そんな大規模な魔法はロンドンでは使うなとクイーンに言われています。色々なものに影響が出ますからね。地道に一歩ずつ探すしかないんですよ」


 尚更面倒だ。


「仕方ないですよ。私の実力とは関係なく、魔法とは万能なものではありません。弱い魔法では効果がなく、強い魔法なら影響が大きすぎる。そういう意味では科学と何も変わりません」


 またお説教が始まった。やれやれ、どうしたものか。


「あれ? ルーシーじゃない」


「え?」


 ぼくがルシルの説教を聞き流して街を眺めていると、誰かに声をかけられた。


「久しぶり、なんか元気そうね」


「ソフィア? なんでここにいるんですか? 確か、アメリカの魔法学院に行きましたよね?」


「仕事よ仕事、実はね……」


 成程、この二人は知り合いらしい。それも仲がいい。


 道端にも関わらず、この二人は会話を始める。


「それでね……」


「へえ……」


 少し安心した。詳しいことは何一つ知らないが、ルシルにもこういう普通のところはちゃんとある。


 あの学院の外では、気を張っていない部分もちゃんとあるようだ。


「ああ、そういえば私にも弟子が出来たんですよ」


「へえ、あれだけ壊してきたのに?どんな子?」


「どんな子って、この子ですよ。ム……。あれ、どこに行ったんですか?」


「どうしたの?」


「……逃げられました! また逃げられました! もう!」


「変わったわね、ルーシー。うん、元気になったわ……」



 ☆



 確かにルシルに友人がいることはいいことだし、普通の姿を見れて安心もした。


 だが、それとこれとは話が別であり、簡単に言って長話に付き合ってなどいられないのであった。


 ぼくはちょうどいいチャンスだったので、ルシルの友人に感謝しながらその場を抜け出し一人での観光をすることに決めたであった。


 やったー。

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