第五章 気楽な散歩旅行編
旅行の始まり
怒りに満ちたルシルを宥めるのに三十分ほどかか
り、ようやく話が先に進んだ。
途中でヴィーが逃げようとして、ルシルに拳骨を落とされていたのもいい思い出になった。
ちなみにとてつもなく、痛そうな音がしていた。
「こほん。では出発しますよ、連続殺人は続いていますからね。早くロンドンへ行かなければ」
「そうだね。なに? 魔法で移動するの?」
「そうしたいところではありますけど、今回は依頼と言っても公務に近いんです。校門にクイーンが用意した車が停まっていますよ」
「おお、高級車かな?」
「いえ、割と普通の車ですよ。私たちが向かう場所は城ではなく、個人的な邸宅ですから」
残念だが、この時点でぼくのテンションは大分下がった。
ぼくは一度、城と言うものに入ってみたかったからだ。
「さて。準備はしっかりとしておいたので、すぐに行きますよ。ちなみに捜索の依頼なので、何日かかるかは未定です」
何故、この人はこんな土壇場で、色々と言い出すのだろうか。
旅行をするのなら、ちゃんと予定を組んでおいてほしい。
「はっはっは。ちゃんと予定を組んでもむーくんは守ってくれないだろう? ならいいじゃないか」
成る程、確かにそれもそうだ。ルシルごときの予定をしっかりと守ってしまうと、とても息苦しいと思う。
ヴィーの言葉に納得しながら、ルシルが用意した鞄を持つ。
「ああ、それといいかな? むーくん」
「なに?」
「楽しんでくるといい。なに、心配することはない。わたしは君が無事に帰ってくるって、ちゃんとわかっているからね?」
果たして、それは結末が見えた予言なのか。それとも単なる気休めなのか。
まあ、どっちでもいいか。
★
大型車に乗って、約二時間の旅路をこなす。
外の景色は完全にカーテンに隠されて見えなかったが、改造されているようで中は思ったよりも広く、なかなかに快適な旅だった。
隣でルシルがべらべらと喋っていたが、勝手に借りてきた文庫本を読みながら完全に無視をする。
「やっぱり、日本の小説とは解釈が違うようだな」
日本語版を読んだことはあったが、イギリス語の翻訳はなかなかに興味深い。
次は英語版を読んでみたいものだ。
しかし、一冊の本をたくさんの言語で翻訳するというのは、中々に面白い。
なんというか、中身が大分違うということがよくわかる。もちろん本筋は変わらないが。
頭の中で色々と考えていると、車が停まった。
運転手にドアを開けられルシルが外に出て、ぼくも続く。どうやら目隠しの類はしなくてもいいようだ。
「おお、大きいな」
広大な花畑のある庭と、三階建て程度の邸宅。成る程、金持ちが住んでいる気がする。
神崎の家も凄かったが、ぼくは庶民暮らしをしていたので、住んでみても結局は慣れなかったな。
「ムゲン君、行きますよ」
「聞いてなかったけど、今から誰に会うの?」
順当に行けば、クイーンに会うのだろうか。
「や、やはり何も聞いていなかったんですね。車の中であれだけ説明したのに」
ルシルは落ち込んだ顔をして、一瞬後には立ち直る。
「ここには本物のクイーンが住んでいます。彼女が私たちに依頼した当人ですよ」
「本物って? 偽物もいるの?」
「ええ、基本的に表舞台に立っているクイーンは全て代理人です。ここにいるのが本物ですよ」
「何で隠しているの? 目立つと危ないから?」
「それもありますが、実際のところは魔法使いだからですね。ほとんど意味がないですけど、昔からの伝統で一般社会と魔法社会は分けられていますから。本物のクイーンは表に出ない。初代の時からそういう決め事だったらしいですよ」
「ほとんど意味がないってどういうこと?」
「だって、昔はともかく今の時代では一般社会の職業に就職するような魔法使いなんていくらでもいますよ。クイーンのSPだって魔法使いが含まれています。普通の会社の社長になったり、料理人やサラリーマンにだって今の魔法使いはなっちゃいますから」
それは強力な自衛手段を持った一般人だ。
「とにかく、中に入りますよ。ある程度はフォローしますが、あまり挑発的なことはしないでくださいね?」
「了解」
「ちなみに、出されたものには一切手をつけちゃ駄目ですよ。私は出された紅茶に猛毒を入れられましたからね。それと、あまり驚かないように」
「了解」
何が飛び出してくるか実に楽しみだ。
「その素直さが信用なりません。ほんっとうに信用なりません!」
「行くぞ」
これ以上は付き合い切れないので、ぼくはとっとと家の中に入った。
「ま、待ってください! 呼ばれたのは私なんですからね! なんでムゲンくんが主役になってるんですか!」
そんなことを言われても困る。
おそらくは、格が違うのだろう。
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