前座は終わりだ

 


 使用人に案内されて、本物のクイーンとやらの私室に案内される。


 それは、一階の一番奥の部屋であり、なんというか金庫のような部屋だった。


 重要人物の私室の場合、普通は火事などがあった時のために外に出やすい部屋にするのではないだろうか。


「よく来たな、世界最高の魔法使いよ!」


 その部屋の中にいたのは、そうだな。


 六歳ぐらいの少女だった。


「なんだこれは?」


「こ、こら!なんて無礼なことを言うのですか!」


「ほう、貴様が世界最高の魔法使いの弟子か?わらわがイギリスの女王。エリザベス九世じゃ!よろしくな」


 背伸びした少女が胸を張って偉そうにしている。


 取り合えず、初対面での感想はそんなところだった。



 ★



「さあさ、紅茶を飲むといい。そなたたちのために最高級の物を用意したぞ?」


 ぼくが躊躇なく、飲み始めようとするとルシルに肘でつつかれる。


 そういえばなんか、言っていた気がするな。なんだっけ?


「残念ですが陛下。毒入りの紅茶は飲めません」


「ほう、お主も学んだようじゃな?」


 クイーンは笑いながら、ルシルを褒めているようなことを口にする。


「ええ、二回も飲みましたからね」


「だが、飲んでも平気だったじゃろう?」


「偶然、耐性があっただけです!そんなことより依頼の話をお願いします」


「良かろう、心して聞くがよい」


 こうして、ルシルとクイーンの真面目な話が始まった。


 ぼくは興味がないので、真剣に聞いているふりをして部屋においてある大きな砂時計を見つめていた。三十分から一時間は全ての砂が落ちそうにない。


 成る程、こいつらの話よりもゆっくりと砂が落ちている姿を見るほうが楽しいようだ。



 ★



「と、まあそんなところじゃな。あとは頼むぞ」


「はい、わかりました」


 大体話は終わったらしい。そのことにルシルの肘打ちのおかげで気づいた。


 どうやら、ぼくが何一つ話を聞いていないことを理解していたらしい。余計なことを言うよりはましと放置していたのだろうか。


「ところで、体の調子はどうじゃ?」


 突然、意味のわからないことをクイーンが言い出した。


 警戒心を高めながらルシルは尋ねる。


「どういう意味ですか。それは?」


「いや、なに。その紅茶に入っている毒は揮発性が強くてな。しばらく置いておくだけで部屋中に毒が蔓延するんじゃよ。ああ、心配するな。わらわは解毒薬を飲んでおるかの」


 紅茶のことなんてすっかりと忘れていた。よく見るとほんの僅かに量が減っているような?


「ほんの一滴で象が死んでしまうほどでな?とっくに効いていてもおかしくはないんじゃが?」


「ええ、陛下。どうやらこの毒も私には、私と愛弟子には効果がないようです」


 ルシルが怒りを隠しながらそう言うと、クイーンは口を尖らせる。


「つまらんのう、今度こそはと思ったが。弟子の方が面白いことになってもよかったんじゃが」


 成る程、理由はわからないが、少なくてもぼくが死んでも構わないという気持ちで紅茶に毒を入れたのか。


 なら、敬意を払う必要はないな。……最初からないが。


 ぼくは目の前に置きっぱなしだった毒入りの紅茶を一気に飲み、こう言った。


「まずいな。苦いし、冷めてるし、味も悪い。クイーンのくせに客にこんなものを出すなんて、礼儀がなってないんじゃないか?」


 さて、色々と聞きたいこともあるし。


 ルシルは無視して、今からは面白い会話が出来るといいな。



 ☆



「はははっ、ようやく本性を見せおったな?お主がわらわに敬意を持たぬことに気づかぬとでも思ったか!」


「流石に持てんだろう?」


 まだ年齢が一桁の子供だぞ?


「そう意味ではない。仮にもイギリスのクイーンに対する態度ではなかったと言うのだ。お主はたとえわらわが七、八十の年齢でもまったく態度を変えなかったであろう?そういうものはな、目つきでわかるのだ!」


 ほう、少しだけ関心する。こんな子供でも一応はクイーンだということだろうか。


「だが、よいよい。わらわはその方が余程好感が持てるぞ」


「ほう、反抗的な人間が好きなのか?」


「そんなところじゃな。何しろわらわはクイーンだからな。尊敬されるのが当たり前だと言ってもいい。特にここ、イギリスではわらわに反抗的な態度をとれる人間などまずおらん。それは世界最高の魔法使いであるおぬしの師匠でも変わらない」


「へえ?」


 ぼくはちらりとルーシーを見る。


「な、なんですかその目は。たとえ八歳だとしても自国の最高権力者を尊敬するのは当たり前のことじゃないですか?」


 この田舎の小市民は放っておいて、小さいクイーンに目を向ける。


「色々と聞きたいことがあるんだ」


 その小さな外見とか。


「よいよい、何でも聞け。答えてやろう」


 クイーンは、面白そうに許可をする。


 正直に言えば、一人の人間として考えれは、彼女に興味の欠片もないが、意味不明な化け物と考えればとても気になる存在だった。


 なんとなく、あの胡散臭い学院長に通じるものも感じるし。


 彼女の持つ謎を暇つぶしに解明し、興味が尽きたらとっとと帰ろう。

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