暇つぶしにはお喋りを

 


 ルシルは言った。


 ぼくにBランクの毒魔法を覚えさせるために、地獄の苦しみを与えると。


 だが、これはなんだろう。


 確かに、意識が覚めてから体が動かないし、目も開かない。


 でも、少し無理すれば出来ないこともない気がする。


 それだけだ。


 体に痛みもないし、辛くもない。


 とても不思議な現象が、ぼくに起きている気がする。


 ふと、ある言葉を思い出す。


 魔力とは生命力だと。


 つまり、無限の魔力を持つぼくは無限の生命力があり、普通の人が死ぬような毒でも体が動かない程度にしか効果がないのだろう。


 だが、退屈でたまらない。


 さっきからぼくの退屈を紛らわせてくれるのは、腕につけられている点滴の音だけ。


 どうやら、これがぼくを死なせないようにする手段らしい。


 ポツン、ポツンと音がする。


 それだけでも無音よりは遥かにマシだった。


 水滴の音が数千回を超えたぐらいで、誰かがぼくの部屋に入ってきた。


「……そっか、無限くんも大変だねえ」


 この声は学院長だが、足音は二人分だったからもう一人。


「はい、私も昔この魔法を覚えた時はとても辛かったです。高熱と悪夢で死にかけました」


 声からするとどうやらルシルのようだ。


「そうだねえ。私もこの魔法を覚えた時は大変だったよ」


「この魔法は学院長が作ったのではないのですか?」


「違うねえ、昔一度だけ会った誰かに教えてもらった魔法だよ。とは言っても私は無限君と同じような使い方をしていたからねえ。実際に使ったこともない」


 つまり、パッシブスキルでしか使ったことがないようだ。


 学院長は毒を無効化するだけにしか使っていない。


「私は、ほらもっと直接的な戦い方が好みだから。毒を使って殺すなんてのは趣味じゃあない」


「ああ、そうでしょうね。なにしろ学院長は刀を一本だけ持って、魔法使いたちの戦争のど真ん中に突っ込んでいくような人ですから。あの時は肝が冷えましたよ、まったく」


 特に予想外なエピソードではないが、イギリス人のくせに剣ではなく刀を使っているということが、あまりにも、日本贔屓なこの学院の教師らしい話だ。


「そうはいっても、確かに私もたくさんの魔法を覚えてきたけど、実際に使っている魔法なんて数種類ぐらいだよ。八割がたは一度も使ったことがない魔法ばかりだ。先輩魔法使いたちの体面を保つだけに覚えた魔法だよ。まったく、そんなことのために命を懸けるなんて本当に馬鹿らしい話だよ」


「魔法社会を守る代表の一人として、あるまじき発言ですね」


「みんな思っているよ。所詮魔法使いなんて職業には優秀な奴だけがなればいい。別に数が減ったってそんなに困らないよ。さらに言えば役に立たない魔法なんて何の価値もない。例え何代も受け継いできたような伝統ある魔法だとしても、三流魔法だったらこの世から消えてもらった方が嬉しいさ。君だってそう思うだろう?」


「……まあ、そうですけど」


 ルシルが苦笑している雰囲気が伝わってくる。


「正直に言って、毎年生徒たちのレベルが落ちていることも感じられます。才能がないくせに、何故こんなにも魔法使い志望の生徒が多いのでしょうか」


「ほとんどが、子供の時から魔法使いになれって押し付けられているんだろうさ。あとは、魔法使いって言葉に憧れている子たちばかりじゃない?今時、完全な自分の意思で、真面目に力を得ようなんて子供はいないよ」


「そういう子たちは、ちゃんと入学前に弾いてくださいよ」


「そうもいかない。お金は大事だからね。そのためには一定数の生徒は確保しておく必要がある」


「あのですね、いつも疑問に思っていたんですけど何にお金を使っているんですか? 魔法学院は世界中にたくさんありますし、割と予算は潤沢だと思います。それにはっきり言ってそこまで予算が必要なことはないと思うんですけど?」


「学院の設備投資や、プロに払う依頼料なんかもあるけど、一番多いのはやっぱり賠償金だね」


「ば、賠償金って? まさか学院長の私利私欲のためにお金を?」


「うーん、一度君や無限君とはじっくり話し合った方がいいのかなあ?」


 学院長は本気で悩んでいるようだ。


「そうじゃないよ。この学院の卒業生が外の世界で問題を起こしたとき。例えば魔法を使った犯罪を犯したり、あるいは依頼中に何かを壊してしまった場合などに損害の一部がこの学院に請求されたりするんだよ」


「あー」


「うん、君も知っての通り魔法使いってものはあんまり常識がない人が多い。この学院は卒業生も多いからねえ。問題児もたくさんいた。学院の卒業には基本的に実力が重視されて、性格はスルーされる」


「そうですね、ちなみに今まで壊した中で一番高額なのはなんですか?」


「そうだねえ、数十年前に私が壊してしまった、とある国の国宝かなあ?」


 やはり、この学院長がろくでもないと言うぼくらの評価が変わることは決してないと思う。

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