ぼくは復讐を誓った



「私は確かにこの学院の教師が本職ですが、他にも魔法使いの仕事をしているんです。内容は多岐にわたりますけど」


「今回はどんなの?」


「探索と、捕縛ですね。今、ロンドンで連続殺人犯が現れているようで、見つけ出して捕まえてほしいと」


「おお、それは楽しそうだ。あれ?ジャックザリッパー?」


 ロンドンで一番有名な殺人鬼だ。


「ある意味もっと、質が悪いですね。この犯人は老若男女容赦なしですから」


 歴史上では、ジャックザリッパーは女性だけを狙っていたからな。


「何人殺したの?」


「何十人らしいですね。場合によっては百人を超えるかもしれません。一般には数名だって発表されていますが」


 つまり、隠ぺいされているということだ。


 確かに何十人も殺している犯人が身近にいると知ったらその影響は大きすぎるが、罪深い話だ。


 殺人鬼も、情報隠蔽する奴らも。知る権利とやらは何処に言った?


 社会的影響と、権利問題は別個の話なのに。


「でも、まあ魔法使いならそのぐらい出来て当たり前か。どれだけ凄い殺人鬼でも魔法が使えるわけでもない」


 所詮は凄い一般人だ。と思いたい。


「それが、その犯人は魔法使いなんです」


「おお」


 まあ、話の流れ的にそうだと思ってはいたが。


 一般人相手に世界最高の魔法使いを呼び出すなんておかしいからな。


「正体を隠すのが上手いので全ての情報がわかっていませんが、魔法使いであることは間違いありません。なにしろ不自然な、いえ、有り得ないほどに情報がありませんから」


 人間、生きていればあらゆるものに情報が残る。その大小を問わなければ何か痕跡は残るものだ。


「被害者がどうやって殺されたかすら、判明してないそうですよ」


 なかなかに面白い話だ。つまり何十件もの完全犯罪。


 フィクションの中の、世界一の名探偵でも解決できるかどうか。


「大変そうだね。断ったら?」


「いえ、それが無理なんです。依頼人が依頼人ですから」


「誰?」


「クイーンです」


「おお!」


 それは凄い。


 何が凄いって、一つの国の頂点が魔法使いを重宝していることだ。


 これはワールド・バンドに会えるという話も眉唾ではなくなってきた。


 彼らを匿っているのも、国であるという噂だからだ。


 ルシルがそこの関係に干渉できるというのなら、本当に素晴らしい結果が待っているかもしれない。


「是非、頑張ってきてほしい。ぼくは大人しく留守番をしているから」


「それが、ムゲン君にも来てもらいます」


「なんで?」


 その殺人鬼に会ったら一秒で殺されるぞ。ぼくは魔法が使えないのだから。


「世界最高の魔法使いの、初めての愛弟子を見たいと仰せです。嬉しくはないんですがそういう人って多いんですよ」


 まあ、そうだ。権力者は有名人に会いたがる。というかミーハーだって話は日本でもよく聞くよね。


 政治家や、会社の社長とかが芸能人を呼び出すとか。


「了解。偉い人に会ったら、どこかで適当に遊んでいればいいんだろう?」


 観光が出来る。遊び歩いてそのままどこかに行ってしまうかもしれないが。


「そうですか、素直に了解してくれてホッとしました」


 口ではそういうが、ルシルの表情は何故か晴れない。


「いつ行くの?」


「早ければ明日にでもと言われていますが、私が交渉して時期はこちらで判断していいと言われています」


「へえ、意外だな。ルシルなら犠牲者を増やさないように今すぐにでも行きたがると思ったのに」


「確かにそうしたいのは山々ですが、準備しなければいけないことがあるんです」


「世界最高の魔法使いなのに? 準備をしなければいけないほどに強そうなのか?」


「いえ、私の準備ではなくムゲンくんの準備です」


「ぼくの?」


 ついていっても何もする気がないのだが。


「本物のクイーンは、本当に悪戯好きでしてね。なにをするのかわからないんです。飲み物に猛毒を入れたりとか」


 本物のとはいったい……。


「他にもムゲンくんにはこれからも、たくさんな危険が待っているとも思いますし、今のうちに対策を取りたいんです」


「どんな?」


「確かにムゲンくんには魔法が使えないみたいです。でもそれは魔法が使えないということであり、常時発動するような効果ならちゃんと使えるのではないでしょうか?」


 つまり、パッシブスキルということか。ゲームで知ってる。


「滅ぼしの猛毒と言うBランク魔法があります。これはほんの数分で人間を崩壊させる毒を出す魔法ですが、同時に覚えるとあらゆる毒に耐性を持ちます。もちろん完璧とは言えませんが、一般人が使うような毒なら効きません」


 それでも十分だろう。是非、覚えておきたい。


「どうやって覚えるの?」


「実際にその身に浴びて、生き残ることです」


「は?」


「毒状態で一定期間生き残ることにより、魔法を覚えることが出来ると言っているのです」


「性格が悪いにも程があるぞ!」


「全くです、この魔法を作った人は何を考えてこんな条件にしたんでしょうね?しかもこの毒は激痛、発熱の症状が出ますから地獄を体験しますよ」


「ならお断りだ。そんな魔法を覚える気はないし、ロンドンに行くのもやめ……」


 なんだ?口が回らなくなって、意識が遠のいていく。


 つまり、何かを盛られたか?


「すいません。お弁当に強力な眠り薬を入れておきました。そのために味の濃いものを選んだんですよ」


 成る程、そういう選び方をしたのか。


「本当なら料理に薬を入れるなんて、絶対に嫌なんですがこれもムゲンくんの為ですので」


 ぼくを苦しめることが?


「安心してください。毒の魔法と同時に絶対に死ぬことがないようにする魔法を使います。どれだけ苦しくてもそのまま死んだりはしませんから」


 だったら痛みもなくしてほしい。


「無理です。この魔法は毒の苦しみが魔法を覚える条件ですから。……少しでも辛くないようにムゲンくんが寝ている間に始めますから」


 つまり、寝ている間に終わると?


「いえ、毒になるとあまりの苦しみに目が覚めます。ですがその辛さにより何も見えないし、聞こえない。魔法を覚えるまで、ただただ辛いだけの時間が始まるんです」


 それは嫌だ!


「お願いですから、出来るだけ早く魔法を覚えてください。一歩間違えれば発狂しますからね」


 よし、今こそぼくは実感と共に理解した。


 確かに、ルシルはたくさんの弟子候補を壊してきた世界最高の魔法使いだと。


 無事に終わったら、どうやってルシルに復讐をするか。


 それだけを考えながら、ぼくの意識は闇の中に儚く散った。


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