無限のご飯事情
怪しい光に導かれて、家路につく。
今は午後十時。ルシルの家からは眩しい明かりが窺える。
一つの連絡もしていないので、どれだけルシルがキレているかは想像に難くない。
むしろ、ぼくを探し回っていないのが、不自然極まりないぐらいだ。
玄関を開けて中に入る。
「ただいま」
小さく呟く。ルシルが飛んでくるかと思ったが、反応がない。
ぼくはこれ幸いと自室に入る。
すぐに、いかにもずっとここにいましたよと言わんばかりにリラックスをする。
「ふむ」
その後、三十分ほどの時間を自室で過ごし、確信する。
どうやらルシルは家にいないようだ。
よく考えてみればあの、人の世話をすることが生き甲斐な生命体が家に帰ってきたぼくに気付かないなんてことは有り得ない。
「けど、ぼくに何も言わずにどこに行ったのだろう」
スマホを見ても、特に連絡はない。
というか、番号もアドレスもラインも教えていなかった。
「おそらくだが、奴はスマホやパソコンを持っていないな」
今時、珍しい。
やはり、漫画のように魔法使いと言う人種は電子機械に弱かったりするのだろうか。
「いや、最初に学校にあるルシルの研究室や、学院長室には科学文明の痕跡があったな」
テレビやパソコンなどと言ったものがしっかりあった。
ちなみに、学院長はぼくと会話をしながらもそれらも器用に使いこなしていた。
前半までだったとはいえ、会話中にパソコンを触るなと言いたかったが。
ルシルのことから学院長への文句へと、本格的に頭の中身が変化しそうになったとき、チャイムの音が鳴った。
「ただいま、帰りました」
そこには、へとへとに疲れているルシルの姿が。
「遅いぞ!お腹すいた。今何時だと思っているんだ!」
ぼくはいかにも学校が終わってから、ずっと家にいたと言わんばかりにルシルに文句を言った。
「す、すいません。色々あったんです。夕飯は買ってきました。今日はお弁当で我慢してくださいね」
★
お腹が空いていたので、黙々と焼肉弁当を食べていると、ルシルが神妙な面持ちで尋ねてくる。
その前にどうでもいいが、ここはイギリスなんだからサンドイッチとかではないのだろうか?
日本贔屓にもほどがあるだろう。
「美味しいですか?」
「そこそこ」
「こんなことを聞くのは私のプライドに大いに障るのですが、私の料理とどちらが美味しいですか?」
「どっちも」
ぼくはいつものように適当に返事をしているが、ルシルの顔を見るととても複雑な顔をしていた。
とても傷ついている顔をしている。
「どうしたの?」
「いえ!買ってきたお弁当と同じぐらいの美味しさなんて修行が足りない証拠です!もっと頑張りますね!私、ファイト!くじけるな!」
突然、熱くなり始めたルシルに少々、気圧されてしまう。
どうしたのだろう、食事中に叫ぶのは止めてほしいのだが。
ちなみに、ぼくは確かに金持ちの家に生まれたがほとんど一般庶民の生活をしていたので、大した味覚は持っていない。
「うーん、ムゲンくんは今までどんな料理を食べてきたんですか?」
「普通の」
基本的には、他人が作った手料理をちゃんと食べていた。
何故かはわからないが、ぼくが外で何かを食べるとうるさいのがいつも近くにいるのだ。
「誰が作ってくれていたんですか?自分で作っていたんですか?」
「ぼくがこの世に生まれてから一度たりとも自分で料理を作ったことはない。お湯を沸かした記憶すらない」
そんな面倒なことをするぐらいなら、潔く餓死する。
「親戚の家にいた時は、そこの長女に作ってもらってた。その人が進学で家から出てってからは次男が作ってたし、実家に呼び出されてからは料理人が家にいて毎回料理を作ってた」
「豪勢に生きてますね。長女の方は何歳なんですか?」
「七つ違う」
「じゃあ、二十二歳ですね。でもムゲンくんが小さいときはその人も小さいでしょう?流石にその時はお母さんが?」
「いや、親戚の親たちは本当に忙しい人たちだったからホームヘルパーだった。兄弟たちですら基本的にはその人たちに育てられていたらしい。まあ、時々家に帰ってくると料理してたけど」
本当に忙しい人たちだった。いい人たちだったけど。
半年に一度ぐらいしか家に帰ってはこなかったから、あの兄弟たちはよくもグレなかったなと思う。
「でもその人はぼくが五歳の時に、辞めてそれからずっと長女が料理を作ってた」
ちなみに、ホームヘルパーが何故仕事を辞めたのかぼくは知らない。
聞いた気がするが忘れた。
「なんのリサーチだったかは知らないがまあ、そんなことはいいや。で?なんで今日はこんなに帰ってくるのが遅かったの?ルシル自体は何日いなくなってもいいけど、夕飯はちゃんと用意してもらわないと困る。せめて連絡をしてくれないとヴィーの家に食べに行くこともできないだろう?」
「す、すいません。でも私がちゃんと料理を作っているときにヴィーの家で食べてきたとか言ったら烈火のごとく怒りますので……」
うん、そうだと思ってた。
料理を作る人間は、それを蔑ろにすると死ぬほど怒るということを、ぼくは短い人生で学んでいるから。
「実は、依頼が入ったんです」
「依頼?」
なにそれ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます