この学院の危険度
「今日も太陽が頑張っているなあ」
気温はこんなにも低いのに、明るくて仕方がない。
この空はぼくに向かってなんの文句があると言うのか。
「ほらほら、早く歩いて!もう、無限くんは階段じゃなくても辛いの?」
「辛い。おぶってくれ」
「流石に嫌よ。頑張って歩きなさい!」
この双子は歩くペースが速いのだ。
ぼくはもっとのんびり歩きたい。時間には結構な余裕があるのだから。
「大体、なんで一緒に登下校しなければならないんだ?一応、学校のすぐ裏にルシルの家があるんだぞ」
「不満に思う気持ちはあたしたちも一緒よ。でも、まあ先生たちの気持ちもわかるわよ。この学院は危ないから」
「危ない?」
「ええ、あたしたちの通学路ですらDランクの危険度があるからね。そりゃ、ルーシー先生も無限くんが心配にもなる」
「なに、そのDランクって」
「何言ってんだ、昨日教室で先生が説明してただろ?」
ぼくとアイラの会話の、隙間を縫ってジェスが疑問を口にする。
「一日中寝ていたぼくが、ほんの少しでもヴィーの言葉を聞いていたとでも思っているのか?」
そこまで器用ではないんだよ。
「そうだった、一つも自慢できない話だけど、君は授業初日から丸一日寝てたんだよね。うん、反省したほうがいいよ。……この学院は基本的に妖精郷や、巨人族の里みたいな異種族の住処に繋がっているから学院中の至る所に存在しているのさ」
「つまり、妖精や巨人が?妖精は見たことあるけど巨人はないなあ?そんなのがいたら流石にわかるでしょ?」
「わからないわよ。学院が出現ポイントやその時間帯なんかを完全に把握しているから。場合によっては隠蔽して危険すぎるような生物とは決して遭遇しないようになってるの。そういう理由で、突然授業が深夜になったりするって先生が言ってたわね」
……なんて面倒な。突然明日の授業は深夜になります、とか言われたらぼくはキレると予告しておこう。
思いっきりルシルに八つ当たりするだろう。
「他にも、魔法学院だからこその危険もたくさんあるわ。例えば魔道具開発の有名な先生であるジュード・スミス先生は学校の至る所で爆発事故を起こしたりするらしいし、生物魔法の第一人者のアンバー・ベネット先生は生徒を実験台にするのが趣味だから危険人物認定されているし」
それでいいのか、この学院は?
とっととそいつらをクビにしてくれ。
「他にも生徒同士の私闘が認められているから。殺されちゃっても自己責任だし」
「なんでこの学院はそんなに物騒なの?」
「まあ、優秀な魔法使いを育成するためには安全な学院じゃ意味がないって考えらしいわ。確かに学院を卒業後に他種族の詳しい生態や、色々な魔法の専門家と接触した経験は大きな財産になるものね」
様々な経験が経験値になるという理屈はわかるけど、身の危険が高すぎる。
「まあ、仕方ないわよ。あたしたち生徒も先生たちもこの学院に入る時に、死んでも文句は言いませんって誓約書を書かされたでしょう?」
「書いてないけど!」
書くわけがない。
そんな物を書いたら魔法を使えないぼくは、あっという間に殺されてしまう。
「それはないわよ。書かないとこの学院には絶対に入れないわ」
なるほど、つまりあの両親か。
あるいはルシルや学院長あたりが捏造でもしたのだろう。
どれだけぼくの命の扱いは軽いのだろうか。
「あのさあ、危険度Dランクってつまりどのぐらい危険なんだ?」
「Dランクでも、魔法を使えない一般人なら絶対に死んじゃうレベルね。安全が欲しいのなら最低でも魔法使いが二人はいるわ。そうね、通学路や山の中の街なんかがDランクになっているわ。寮とかあたしたちの家もね」
既に詰んでいることはよくわかった。それだと一人ではどこにも行けない。
とっとと山を下りるべきだろうか。
「Cランクは中級魔法を使える魔法使いが最低でも五人はいるらしいわ。場所は、そうね。確か基本的には校舎とグラウンドなどが当てはまるわね」
毎日通うはずの校舎でCランクらしい。どれだけ生徒の命は軽いのだろうか。
「基本的にそれ以外の場所は全てBランク以上らしいわ。あたしたちにはまだ早いからって詳しくは教えてくれなかったけど。どうしても知りたかったら調べることが出来るって言ってたわね」
そんなものは知りたくもない。知ってたら見物に行ってしまいそうだし。
「とりあえず、危ない目にあったら先生を呼びに行くってのが鉄則らしいわ。Aランクの場所に一人で行ける実力がないとこの学院の先生には採用されないらしいからね」
「へえ」
この学院の教師はやっぱりそこそこ凄いんだな。まあルシルがいる時点で察することが出来るが。
「魔法学院は基本的にこういったシステムらしいけど、この学院は世界一危険らしいわ」
「なんで?」
「今の学院長がそうしたんだって。その方が楽しいでしょ?って言いながら」
「……」
あの学院長は、とっとと誰かがその地位から引き摺り下ろした方がいいのかもしれない。
双子からそこまでの説明を聞いていると校舎の入り口に差し掛かった。
そこで声をかけられる。
「あれ?おいおい、無限。なんでここにいるんだよ。7組の教室はこの校舎じゃないぜ」
確か、一緒にイギリスにやってきた……。
えっと、……。
「おい、まさかおれのことを忘れたのか?藤崎宗次だよ!」
……ああ。
「そんなことは知ってるわよ。でもあたしたちは1組だからこの校舎で合ってるわ」
ぼくが過去を思い出したいと思っていると、隣にいたアイラが勝手に返事をした。
「あ?なんでお前が1組なんだよ!」
藤崎宗次はとても驚きながら、そう叫んだ。
「あー、なんかルシル……じゃない。ルーシーの弟子になったら迷惑なことに勝手にクラスを替えられたんだ」
「おれが2組なのに、魔法を一切学んでないお前が1組なのか?」
「そういうことだ。まあ、ぼくには隠された才能があったってことだな」
ぼくは適当にそう言った。
間違ってはいないだろう。
「羨ましいこった。……じゃあな」
藤崎宗次は言葉もないようで、ぼくに呆れながら先に行った。
その感情は、想像しかできない。
★
「ああ、疲れた」
「おい!まだ階段を三分の一ぐらいしか上ってないぞ。もっと頑張れ!」
「頑張ってるだろう」
「やる気がないだけだろう!ちゃんと歩け!」
今日はアイラに見捨てられたジェスが、ぼくの手を引っ張って階段を登ってくれた。
出来れば背負ってほしいのだが。
この階段は無意味に豪華で、大きすぎる。
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