自分のために他人を盾にする

 


 辛い階段を登り終え、ぼくらは教室にたどり着いた。


 適当に空いている席に座ると、ぼくは気合を入れる。今日こそは頑張って起きていよう。


「よし」


 無理だとは分かっているが、ぼくは絶望的な勝負に挑むことにした。


 足掻いて、足掻いて……。


 それでも駄目だったらきっぱりと諦めよう。


 その場合は、無理なものは無理だったと言うことだ。



 ★



 一時間目は魔法基礎学。


 二時間目は魔法社会学。


 難敵だったが、ぼくの努力によって、なんとか眠らずに済んだ。


 授業が始まったばかりだからか、どうでもいい内容過ぎたので真面目に聞く気は毛頭なく。


 ぼんやりと教科書を眺めているだけだったが。それでもこれは快挙だと言ってもいいだろう。


 そして、三時間目の授業が始まる。


 チャイムが鳴り、一人の男性教師が入ってきた。


「……、あの、先生?その抱えているお菓子の山はなんですか?」


 教室にいる生徒の一人が我慢できずに、疑問を口に出した。


「あん?おれは菓子を食いながらじゃねえと授業なんてやる気がしねえんだわ。まあ、気にするな」


 そう言うと男性教師はお菓子を教卓において、チョコレートを食べながら挨拶をする。


「ああ、おれはマックス・パーカーだ。よろしくな。魔法戦闘学を担当してる。実技もだ」


 よし。もう寝よう。


 授業中にお菓子を食べる教師にも、魔法戦闘なんてぼくには一生縁がない授業にも興味はない。


 一眠りすれば、次の授業になっているだろう。


 寝過ごさないように、気をつけたいと微かに思った。



 ★



「決闘だ!」


 せっかく熟睡したばかりなのに、あまりの大声に目が覚めた。


 なんか、物騒な発言な気がしたが?


 伏せていた顔を上げ、周りを見渡すと席に座っているのはぼくと前列の方にもう一人。


 残りは教室の隅のほうに固まり、中央の辺りで二人の生徒が睨みあっている。


「業火よ、我が敵を撃ち滅ぼせ!」


「っ!氷雹よ、俺を守れ!」


 おお、片方が炎の魔法を放ち、もう片方が氷の魔法で身を守る。


 まるでマンガのような展開。思えばまともな魔法を実際に見たのは初めてかもしれない。


 それからも、二人の戦いは続くようだ。


 実力は似たような物らしい、当たり前か。


 ぼくらはまだ入学して二日目だし。同じクラスでそんなに実力が離れているわけもない。


「せ、先生!止めないんですか?」


「あん?なんで止める必要がある?」


 まともな感性を持っているらしい生徒の一人が、この混乱の中でも、我関せずと言う顔でお菓子を食べているお菓子教師になんとかしろと言うが、逆に不思議がられている。


「ちゃんと学生証を出し合った決闘だしな。お前たちの担任が言ってただろう?この学院では決闘が認められていて、それは学生証を出し合った時点で成立し、その場で始まる。どこだろうとお構いなしだ」


「それでは周りに被害が出ますよ!」


「ああ、あいつらが物を壊したり、他人を傷つけたら自分たちの持っているポイントで賠償されることになってるから安心しな」


「でも、こんな魔法が直撃したら僕たちは死んじゃいますよ!」


「流石に死にそうになったら助けてやるよ。だが、それ以外は助けない。どれだけ死にかけるほどの大怪我を負うとしてもな」


 なんて冷たい教師だ。


「何かで防御するなり、とっとと逃げ出すなり自分たちでどうにかしな。ああ、言っておくがこの言葉は俺が不良教師だからってことじゃないぜ?この学院の教師ならみんな同じことを言う。強くなるには実践が一番だし、実践は突然始まるものだ。それがこの学院の教師の不文律だからな」


 お菓子教師の言葉に、青ざめた顔をした生徒達がダッシュで教室から逃げていく。


 教室に残った生徒は数人だが、みんな自分に自信があるという顔をしながらも、不安を宿しているのが伺える。


 おそらくは、見栄やプライドなどが大きく作用しているに違いない。くだらない話だ。


 あるいは、言葉は脅しであり、本当にいざとなったら教師が助けてくれると考えているのか。


 だが、いい加減移動しないとぼくも危険なのは明らかだった。ぼくもこっそりと移動する。


 教壇の近くに座っているお菓子教師の後ろに。


「あん?なんだてめえは?」


 流石に気づいたお菓子教師が、ぼくに問いかける。


「いやあ、先生の後ろにいるのが一番安全でしょ?」


 お前を盾にする。暗にそう言うとお菓子教師は爆笑する。


「はははは!確かにそれが一番安全だ。だが教師を盾にするとは肝が据わってんなあ、てめえは。って、何食ってんだ!」


「見てわかるでしょ?」


 ぼくはお菓子教師の持っていたお菓子の袋を開けてボリボリと食べていた。


「それは俺のだ!」


「教師がケチなこと言わないでくださいよ。……!!」


 お菓子教師に反論していると、ぼくたちの方に、炎の魔法が飛んできた。


 ぼくは当然ながらお菓子教師を盾にする。


「呆れた野郎だ。てめえ、後ろにいるだけじゃなくて俺の背中を掴みやがったな」


「盾ですからね」


 ぼくは平然と言った。盾に逃げられたらたまらない。


「気に入ったぜ、小僧。名前は?」


「神崎無限です。よろしく」

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