魔法が使えないと辛すぎる

 


「ムゲンくんの教室は、三階です。遅刻しないようにしてくださいね」


 学校につくと、ルシルはそう言ってどこかに行ってしまった。


 どうやら、校舎内は土足で構わないらしく下駄箱のようなものは見当たらない。


 ルシルは三階だと言っていたので階段を上らなければならないのだろう。


 だが……。


「だるいな」


 眠たくてたまらない。足がだるく、やる気が出ない。


「このまま帰るか」


 ルシルもいなくなったことだし、ぼくを止める人間はいない。


 こっそりと部屋に帰り、ベッドで寝るのも悪くないかな。


「いかんいかん、初日からさぼるのは流石に良くないだろう」


 自分に僅かばかりの活をいれる。


 飽きるまではちゃんと通うと決めた以上は、真面目にしよう。


「あれ?ムゲンくんだ。早いんだねえ」


 決意を新たにしていると声をかけられた。どうやら昨日の夜に出会った双子らしい。


「君たち、いい所に来た!」


 やはり、ぼくは運がいい。


 校舎に入った途端に現れた、ゲンナリするほどの豪勢な階段。


 攻略法はこれしかないだろう。



 ★



「ちょ、ちょっと。なんであたしたちが君を引っ張らなきゃいけないの?」


「階段を上るのが辛いんだ。文句を言わずに運んでくれ」


 双子の姉であるアイラが、ぼくの腕を引っ張ってくれる。


 欲を言えば背負ってほしいのだが、仕方ない。ゆっくりとだがぼくらは階段を登る。


「き、君は別に病気でもなんでもないんでしょう?自分で歩きなよ、みんなそうしているよ」


「嘘をつくな。みんな魔法でぴょんぴょん跳ねているじゃないか」


 色々な方法があるようだが、周りの人間は明らかに魔法を使っているとしか思えないような形でみんな階段を上っているのである。


 疲れるのは魔法を使えない奴だけだ。これは贔屓だろう。


「君も魔法を使えばいいだろう。ぼく一人ぐらい軽く運べるはずだ」


「あなたこそ!っと、そういえば先生から聞いてるよ。君は魔法を使えないんだったね」


「ああ」


 だが、人の個人情報の流出はやめてほしい。


「だったらせめて、ジェスも手伝ってよ!ってあれ?ジェスはどこに行ったの?」


「あいつなら、ごめんって言いながらぼくらを見捨てて教室に向かったよ」


「なにそれ!覚えてなさいよ!」


 アイラが吠える。見捨てられたのが悔しいらしい。


「まあまあ、うだうだ言ってないでとっととぼくを教室に運んでくれよ」


「それが、そもそもおかしいのよ!なんであたしが君を運ばなければならないの!」


「眠たくて、足を動かすのがだるいからだよ。それより早く魔法を使ってぼくを教室まで運んでくれないか?」


「あたしたちは先生に、できるだけ魔法を使っちゃ駄目だって言われてるの!」


「なんで?」


「どうでもいいことに、魔力を使ってたらいざという時に大変でしょう?魔力だって使えば減るんだから」


 なんともまともな意見だが、この状況を考えると嫌がらせにしか聞こえない。


「へえ、やっぱり魔法を使うと魔力は減るのか。どうやったら回復するの?」


「そりゃ、一晩ぐらい休むとか、魔力が回復するアイテムを使うとか……」


「ああ、テレビゲームだとそういう設定だよね」


「テレビゲーム?」


 アイラはテレビゲームを知らないらしい。


 ……ぼくとは生きている文化があまりにも違い過ぎるな。


「ちっ、役に立たないな。わかったよ、頑張って歩くからちゃんと手を引いてくれ」


「だから!なんであたしがこんなにも、君にこき使われなければならないの!」


 そんなこと言われても、ぼくは昔から自分の周りにいる人間を利用して生きてきたからだとしか言いようがないのである。



 ★



「こらああ!ジェス!待ちなさい!」


 頑張って教室までたどり着くと突然、アイラが叫びながら双子の弟を追いかけまわしている。


 情緒不安定なのだろうか?自分を大事にするといいと思う。


「まだ席順は決まっていないのか」


 教室内は大学のような作りなので、もしかしたら自由席なのかもしれない。


 ぼくは後ろの方の窓際に座ると、双子の叫び声を聞きながら力尽きたように眠りについた。



 ★



 中々にすっきりした目覚めだった。


 二時間ぐらい熟睡したのかと思っていると、既に外は夕焼けだ。


 そして教室内にはほとんどの人間がいなかった。どうやらもう放課後らしい。


「よし、帰ろう」


 ぼくは手持ちの鞄を掴み、立ち上がると前の方の席の生徒に声をかけられた。


「ああ、ようやく起きたのね」


「凄いな、あれだけ手を尽くしても起きなかったのに。呼吸をしながら死んでいるのかと思ってたよ」


 とても辛辣な言葉を投げかけてくるのは、大して似ていない双子たちだ。


 どうやらこんな時間まで教室でお喋りでもしていたらしい。


「ああ、とっても気持ちよかったよ。じゃあぼくは帰るから」


「ダメよ。あたしたちは君を待っていたんだから」


「なんで?」


「あたしたちの先生が君と話してみたいんだって」


 そう言ってアイラが教壇を指さす。


 そこにはしっかりとアイマスクをして、ぐうぐうと寝ている生物が。


 服装からして教師だろうか。ああ、双子の先生だって言ってたか。


 ルシルと同じなら、やはり学院でも教師なのだろう。


 しかし、ぼくに何の用だ?


 思い当たる節もないし、ぼくはこの人に何の用もないのだが。


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