魔法通貨

 


「もちろん、学校から受け取ったらお金をムゲンくんに渡しますよ。でも、残念ながらお小遣い制にしたいと思っています」


「なんで?」


 ぼくのお金なのに、なにを勝手なことを。


 この師匠はそんなに可愛い愛弟子が憎いのだろうか。


 まだ出会って数日なのに、なにか恨まれているのだろうか?


「こんなことはあまり言いたくないのですが、……ムゲンくん。あなたはルーズな人です!」


「なにー!」


 その一言に、ぼくの心がズキンと痛んだ。


 そう、その言葉はぼくを育てた親戚の子供たちの散々言われてきたからだ。


 その言葉をここでも言われなくてはならないのか。


 どいつもこいつも、このぼくに不満ばかりあるようで嘆かわしい。


「時差ボケとはいえ、二日間のほとんどを寝て過ごし、深夜には気ままに散歩をする。私が食事や、洋服の好みを尋ねても生返事。大人としてそんな人に大金を渡すことには抵抗があります」


 ああ、それでぼくの趣味じゃない服ばかりを買ってきたのか。


 でも、生返事だったと気づいているならまた次の機会に、もう一度ぼくに尋ねればいいのではないだろうか。


「ムゲンくんが無駄に買ってきたものを整理する楽しみが増えるのは嬉しいのですが、もったいないことをしてはダメです。ムゲンくんが信頼に値する人間になるまでは私がお金を管理しますからね」


「横暴だー!」


「あのですね、ムゲンくんはこれからたくさんの上級魔法を覚えていくことになります。おそらくは直ぐにとてつもない大金を手にすることになるんですよ?」


「……どのぐらい?」


 とても期待してしまうことを言われた。


「大体、一円は1Pです。そしてオリジナル魔法は一つ覚えると、数百万Pはもらえます。もちろん魔法の一つ一つで価値が変わりますが。つまりムゲンくんの場合は頑張れば数億、あるいは数十億ぐらいは簡単に稼げてしまうということですよ」


 それはとても素晴らしいと思う。


「ところで、魔法通貨ってどこで使えるの?自動販売機では使えたけどやっぱり学校の中だけ?」


「そんなことないですよ。学院の奥にある町でも使えますし、休日に普通の町に外出しても学院が許可している店では使えます。魔法学院も世界中に結構な数がありますから、ムゲンくんの考えているより使える店はたくさんありますよ」


「だったら、普通に現金でいいでしょ?」


 一々面倒だ。


「そうですね、そもそもの話ですが魔法通貨と言うものは、魔法社会の衰退を救済するためのものなんですよ」


「ほう」


「魔法と言うものがいつの時代、誰が作ったものなのか、少なくても私は知りませんが、魔法社会は少しずつ衰退しているんです」


 どんな世界もシビアらしい。


「その理由は魔法を覚えることに命と言うリスクがあるから。一昔前までの魔法使いは覚えている魔法の数に大きな意味を持ち、プライドも高かったのですが、近年の魔法使いは実家のオリジナル魔法だけを覚えればいいという考え方をしているんです」


 だったら一昔前はたくさんの魔法使いが死んだのだろう。


 魔法を覚えるのが嫌になっても仕方ないと思う。


「魔法使いと言う人種は、基本的に自分とその家系のみを大事に考えますから。それ以外の魔法使いや、オリジナル魔法がどうなってもいいんです。自分の命には代えられませんしね」


 まあ、それは魔法使いじゃない普通の人間でも同じだろう。誰だって自分が大事なのだから。


「でもそれでは最終的にオリジナル魔法しか世界に残りません。だから学校で習うような共通魔法なんて誰も見向きもしない時期がありました。それをなんとかするように、魔法通貨が生まれたんです」


「どういうふうに?」


「魔法使いの初代、覚醒者のほとんどは普通の一般人です。寮生活をしてたらお金がありません。だから魔法に懸賞金をかけることによって、生徒に覚えさせるんです」


「へえ」


「オリジナル魔法なんて、余程優秀な魔法使いが開発するか、家系独自の物しかありませんからね。お金を稼ぐためにみんな共通魔法に飛びつきました」


「でもだったら尚更普通のお金がいいんじゃ」


「日用品や、衣食住の物以外にも、魔法使いにとって価値があるものを魔法通貨でしか買えないようにしたんです。お金では買えないから、欲しい人はみんな魔法通貨を稼ぐんです」


「なる程」


 それが魔法通貨の価値か。お金で買えるなら、金持ちは結局魔法を覚えない。


 時に物欲は、命の価値を超えるからな。


「このやり方になってから、魔法を覚える人間の数が激増したんですよ」


 それは、同時に犠牲者も激増したということだろう。


 なる程、綺麗事では済まなかったのだ。


「じゃあ、大量のポイントを稼いだら、卒業した後に生徒の誰かに売れば大儲けだ」


「残念ながらポイントは、自分の家系の人間にしか譲渡できません」


 なんだ、自分の子孫が得をするだけか。


 ぼくに得がないなら必要ないな。


 在学中に、どれだけポイントを稼いだとしても、卒業前には使い切ることに決めた。


「話は戻りますが、下のクラスほど、魔法社会などの基本的な授業が多く、上のクラスほど実戦や魔法を覚える授業が多いんです。やる気のないムゲン君には上のクラスの方が向いていると思いますよ」


 ほっといて欲しい。

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