聞き流せない言葉
ルシルの部屋に帰ってきたのは午前二時。
それからずっと、ぼくはルシルに借りた推理小説を読んでいた。
午前七時頃になって、学校に行く支度をする時間だからとルシルに呼ばれて朝食を食べた。
つまり、何が言いたいかというと眠たくてたまらないということだ。
適度な疲れと、満腹の心地よさ。今から学校が始まるというこの時間から眠りたくてたまらない。
眠気覚ましに、ルシルが淹れてくれたとっても苦いコーヒーを三杯も飲んだが何の効果もない。
ぼくの意識はゆっくりと眠りに向かう。
「ルシル、ぼくを学校まで運んでってくれ」
「馬鹿なことを言わないでください。私は外では厳しくて冷たい先生で通っているんですから」
それは止めた方がいいと思うのだが。
「なんでそんなふうにしてるの?印象が悪いと思う。周りの人間に嫌われるよ」
「私だってしたくないですよ。でも仕方ないんです」
「なんで?」
「これでも私は若く、才能がある魔法使いですからね。同僚の教師たちや、有力な生徒から色々と嫌がらせを受けるんです。笑顔を浮かべるだけでもケチをつけられるんですよ?なんでも仮にも魔法使いのトップなら威厳を持てとかって。二十歳の小娘に何を期待しているんでしょうね?」
「無視すれば?」
「一人や二人ならそうしますよ。でもほとんどの先生方の私に対する意見は同じようで。逆らったらどうなるかわかりません。だから私は無表情で誰に対しても厳しい教師像を演じるしかないんです」
「それは大変だ」
「今までは弟子を取れないという弱点を抱えていましたから、極力ことを荒立てないようにしてきました。でも今はムゲンくんがいますからね。多少の文句は聞き流しても問題はないでしょう」
「つまり、これからは優しいルシルに変わると?」
「そうですね。そうなっていきたいと思います。私の心にも余裕というものが生まれましたから」
「じゃあ、ぼくを教室まで運んでってくれ」
「だから、それはダメです」
むう、けちめ。
★
ルシルの部屋を出て、のんびりと学校へ向かう。
この辺りが全寮制の学校のいいところだと思う。何しろ登校時間が恐ろしく遅いのだ。
「ああ、だるい」
特に日光がきつい。
今日は清々しいほどの青空を見せ、まるで真夏のような日差しの照り付けだ。
昨日がこの天気であって欲しかった。そして今日は曇りぐらいであってほしかった。
その方が遥かに一日を過ごしやすいのに。世の中はなかなか上手くはいかないらしい。
ぼくの隣には呆れかえっているルシルがいるが、特に手を引いてくれる気はないらしい。
まあ、ちらほら他の生徒も見えるし、厳しい先生としては、甘い顔は出来ないのだろう。
よほど自分の今までの人間性、キャラを壊すことが怖いのかもしれない。
いつも無表情で氷のようだった先生が、いつもニコニコした太陽のような先生に変わる。
……なるほど、確かに難しそうだ。ぼくには真似できないだろう、面倒だから。
「ああ、ところでムゲンくん。あなたのクラスは1組ですから」
「あ?」
確か、ぼくのクラスは7組だったはずだ。
ぼくに断りもなく、何か余計なことをしたのだろうか。たかが師匠の分際で。
「元々、ムゲンくんは何の実績もなく、入学試験を受けていないということで7組だったんですよ。私の弟子になったことと、オリジナル魔法を一つ覚えたことによって、評価されることが出来たんです」
「どういう採点なんだ?」
「そうですねえ。私の弟子になった、いえ、なれたという時点で無条件で1組に決まります。ですが、オリジナル魔法、ああこれは私とは関係なく、どんなものでもですが、とにかく覚えた時点で1組に入れますね」
「前者の方は納得できるけど、後者は?」
何人も弟子を壊してきたルシルの弟子だという時点で、誰から見ても有望株に違いないからな。
「オリジナル魔法、つまりEX魔法はA魔法より格上扱いですからね。内容はともかくムゲンくんは最高ランクの魔法を覚えているんです。評価が高いのは当然ですよ。ちなみにC魔法以上を覚えている時点で1組は確定です」
なるほど、つまり1組になる最低ラインの四つ上の魔法をぼくは覚えていることになるのか。
大した魔法じゃなかったのに。
音魔法だとか偉そうに言っているが、たかが通訳をする魔法だぞ。何が凄いんだ?
「ちなみに、学生証を手に入れてから魔法を覚えたので報奨金が出ます」
「おお!」
それはいい。
魔法通貨とやらはよくわからないが、とにかくお金が増えるのはいいことだ。
「でも、あなたは私の愛弟子なので、私の口座に振り込まれます」
「はあ?」
ぼくのことをなめているのだろうか?金なら有り余っていると言っていたではないか。
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