温もり

 


 ☆



「へえ、ルシルの親友ねえ」


 そんなのいるんだ。あの人は、これまで一人で生きてきたような顔をしているのに。


「うん、中等部時代からの。だからあたしたちの先生にキミとも仲良くするように言われてるんだ。きみとここで出会ったのは偶然だけどね。でも、近い内に会いに行こうと思ってたんだよ」


「先生から、無限は魔法使いの素人だって聞いてるけど、本当か?」


 弟のほうが、ぼくに疑問を投げかける。


「ああ、間違いない」


「なら、クラスはEか。俺たちはAだから、なかなか会いには行けないな」


「うん、でも無限くんだってあっさりとAクラスまで上がっちゃうかもね。私たちも三年前までは全くの素人だったんだよ」


 この双子は、生まれつきの魔法使いではないという意味だろうか?


「俺たちもルーシー先生と同じで覚醒組だからな。師匠を持って真面目に魔法を学んでいる奴には覚醒組が多いんだ」


「他にも、弟子仲間が何人もいるけど、みんな覚醒組なんだよ」


「へー、じゃあ覚醒って別に珍しいことじゃないのか?」


「うん、たくさんいるよ。当然だけどその中で一番凄いのはルーシー先生だね」


 まあ、そうだろうな。あれでも一応世界最高の魔法使いらしいし。


「君たちの師匠は?」


「真っ当な魔法使いだね。歴史ある家に生まれて、ずっと修行するような」


「凄い人なの?」


「魔法の才能はイマイチだね!」


 ここまで、はっきりと愛弟子に才能がないと言われる師匠は浮かばれないだろう。哀れな。


「でもそんなの問題にならないぐらい、眼がいい人なんだよ」


「眼?」


「うん、人を見る眼。才能を見る眼。怖くなる程に」


 確かに、それは凄いけど。


 魔法は関係ないな。


「でも、そんなのは序の口だよ。本当に凄いのは先生の魔眼」


「魔眼?」


「そう、魔の深淵を見る眼、見たものを呪う眼。その種類は様々だけど、……先生の魔眼は全てを見るの」


 それは楽しみだ。


「それは、是非一度会ってみたいね。……さて、名残は尽きないけど、ぼくはそろそろ戻るよ」


「え〜。まだ一時間ぐらいしかお喋りしてないよ!もう少しいいでしょ?」


「その通りだ。俺たちはもう高校生だぞ」


 でも飽きてきたし。


「ぼくも同じ気持ちだけど、そろそろ戻らないと探しに来てしまうんだ」


 そして、説教をされてしまう。


「あのルーシー先生が?へえ、そんな優しいところもあるんだねえ」


「ああ、ウチの先生なら俺たちが1週間ほど居なくなっても気付かないぞ」


 それは、ぼくがルシルに好かれているのではなくて、こいつらが自分の師匠に好かれていないのではないだろうか?


「君たちはルシルに会ったことはないの?」


「あるよ。先生に連れられて二人共挨拶した。でも氷のように冷たい顔で凄く怖かったよ。とてもじゃないけど優しい人には見えなかったな」


「俺もだ。表情がどうのというより、その存在自体から恐怖を感じた。とても同じ人間とは思えないような感覚がした。無限はよくあの人の弟子になれたものだ。普通は嫌がるだろう」


「そうかなあ?でもまあ、ぼくも負けず劣らず不思議生物らしいから」


 もしかしたら、似た者同士なのかもしれない。


 今のところは、共感も協調もしたことはないけど。



 ☆



 二人から離れて、適当にぶらつく。


 帰り道を忘れてしまったからだ。このままだとぼくはいつまでも周囲を彷徨うことになるだろう。


 いい加減疲れてきたし、寒い。


 だが、ぼくの予想が正しければ。


「ムゲン君!ムゲン君どこですか?」


 近くからルシルの声が聞こえた。


「こんな遅くに大声を出すと迷惑だよ」


「ああ、ムゲン君!ここにいたんですか!」


 ルシルはぼくの顔を確認すると大きく息を吐いた。


「どこに行ってたんですか?」


「散歩」


 そう言うと、ルシルは体から力が抜けてしまったようで強張っていた表情が緩んだ。


「これからは一言かけて下さいね?仕事が片付いてムゲン君の靴がないと気づいた時には、心臓が飛び出るかと思ったんですからね?」


「魔法使いならぼく一人ぐらい探せるだろうに」


 説教を始めるルシルに、ぼくは当然の理屈を語る。


「探索魔法は沢山ありますが、ムゲン君はそのどれにも引っかからないんですよ」


「なんで?」


「無限の魔力のせいでしょうね。実は色々と試してみたんですが、ムゲン君だけは例外になってしまう魔法が沢山あるんです。これから色々と実験しなければいけませんね」


 実験か、嫌な響きだ。


 ……まるで自分が人間だと認められていないのだと。


 そういう印象を受けてしまう。


 だが、ぼくのことを簡単に探せないという事実。


 これはいい情報だ、それはぼくの自由はなくならないということだからだ。


 なにせこの学院は興味深いものが多そうだ。これからも危険を顧みず見てみたいものも沢山あると思う。


 邪魔をされないのは有り難い。


「さあ、帰りましょう」


 そんなぼくの考えなど露知らず、そう言ってルシルが笑顔でぼくの手を引く。


「うん、でもやっぱり。……温かい」


 この暖かい手の平からは、恐怖なんてとても感じなかった。


 感じるのは、温もりだけ。


 伝わるのは心配と、優しさ。


 冷たさなんて、一つも感じなかった。


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