眠り過ぎると目が覚める

 


 昼間の間はのんびりし、夜になったらルシルのご飯を食べて、入浴を済ませ、就寝の準備をする。


 そんなこんなで、ぼくの休日は終わった。


 ほとんど何の益もない、ただただ、体を休めるだけの休日だった。


 だが、少しだけルシルのことを知ることが出来た気もした。


 例えば、家事が好きなこと。


 例えば、大人しそうに見えるのに基本的にぼくの意見を無視して、自分のやりたいようにすること。


 少しずつ、仲良くなれそうな予感を胸に、ぼくはベッドで眠りについた。


 ……だが、こうも思う。


 それはただの理想で、本質的にぼくは何も変わらないのではないかと。


 ルシルの側にいることに、なんの価値も見出せないのではないか。



 ★



 唐突だが、ぼくは時差ボケの影響でこの二日、ほとんど寝っぱなしだった。


 つまり、何が言いたいかと言えば、あまり眠たくないのである。


「……やっぱり駄目だ」


 二時間ほどの寝る努力をし、眠ることを諦めた。


 どうやら、体感的に今は深夜0時頃らしい。


「……退屈だ」


 こういう時は散歩に限る。


 ぼくはハンガーにかけてあった上着を羽織ると、ルシルの家から外に出た。


「ほう」


 周りにも同じようなペントハウスが複数見える。


 どうやら弟子がいる師匠たちはみんなこの辺にペントハウスを作り、そこに住むようだ。


 今、ぼくたちが住んでいるペントハウスはルシルが学院に申請して、その場に作られた。


 建築魔法使いとやらが、ぼくたちの目の前でパパッと作ってくれた。


 驚きと共に、なんて便利なんだろうと思ったものだ。


 でも、どれだけ頑張ってもぼくには一生そんな魔法は使えないと思うと虚しくもなった。


「まあ、仕方ない。もし家が欲しくなったらルシルに作ってもらうことにしよう」


 気軽に頼めるのだから。


 ルシルの家は、あの大きな学校の裏側にある。


 他には、学生寮などがあり、簡単に言えばみんなこの辺りに住んでいるのだ。


 まだ、行ったことはないが、更に進むと魔法使いの街もあるらしい。


 学院にある購買などで買えないものはそこで買うらしい。


 基本的に、この学院は全寮制で、許可がなければ外出は許されない。自由に動けるのは、学院とその街だけらしい。


 厳密には、山の中なら構わないらしいが、結界を抜けない範囲だけらしいし、一本道を間違えると結構危ないようだ。


 ぼくのような魔法の一切が使えず、武器も使えない人間はあっという間に死ぬとルシルに言われてしまった。


 だが、まあ命は惜しいので、学院の方に向かって散歩をすることにした。


「……ふむ」


 やはり、人間同じような状況だと考えることは似るらしい。


 ぼんやりと歩いていると、近くのペントハウスから外に出る人間や、道の端に置いてあるベンチに座っている人間を見かけた。


 みんな明日からの学院生活に緊張でもしているのだろうか?


 ぼくも初日ぐらいは、真面目に授業を受けてみようと思っている。


 魔法使いの勉強に興味があるからだ。


「……寒くなってきた」


 考えてみれば、十月の深夜の山の中だ。


 日本と同じ感覚ではいけなかったらしい。


 だが、流石日本贔屓の学院だ。道に自動販売機が置いてある。


 外国では治安の問題で自動販売機はないと、聞いたことがあったので驚いた。いや、ぼくが昔住んでいた場所にはあったけど、あそこは普通じゃなかったからな。


 何を飲もうかと考え、暖かいお茶に決めた。


「なんだ、こりゃ?」


 代金の支払いがカードだけなのはまだいいが、100Pと書いてある。


「P?つまり、ポイントか?」


 なるほど、これが学院でしか使えない魔法通貨と言う訳だ。


 どうやら、ぼくにはお茶を買う資格がないらしい。


 よく考えたらぼくは手ぶらだ。財布すら持っていなかった。


 一体、ぼくは何をしようと思っているのか、いつもの如くわからない。


 寒いので、お茶を買うことを諦めてルシルの家に帰ろうとすると後ろから声をかけられた。


「お金がないの?どれが飲みたいのかしら?」


 聞き覚えのない声だが、ぼくは振り向きもせずに答えた。


「暖かいお茶」


 すると、ガチャンという音が鳴り、お茶を買えたようだ。


 ぼくはお茶を取り出し、蓋を開けながら後ろを振り向いた。


「ありがとう。ところで、君は?」


「あたし、アイラ・キャロル。あっちがジェス・キャロル。よろしくね」


 元気一杯なアイラと近くのベンチでぼんやりと座っているジェス。とても対照的な二人だった。


「うん、よろしく。ところで、なんでお茶を買ってくれたの?」


「なんでって言われたら、お近付きの印?ベンチに座ってキミの事を見てたら自動販売機の前で、何かを買おうとして諦めた感じだったから」


「そうなんだ。じゃあね」


 ぼくはお茶を飲みながらルシルの家に向かって歩きだした。


「ちょ、ちょっと待ってよ!これからたくさん絡むことになるんだから仲良くしようよ!」


「どういうこと?」


「どういうことって、私たちの先生たちが仲良しなんだから、弟子の私たちも仲良くしようってことよ」


「?」


 この子が何を言ってるのか、さっぱりわからない。


 でも、どうやらルシル関係には間違いないようだ。


 また一つ、面倒なことが始まる予感がひしひしと感じられた。

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